オーブリエチア(3)


 ルナの手によって半ば無理矢理プロンテラへ戻らされてから一週間。もう激しい運動にも耐えられる、と治療を引き受けてくれたプリーストに太鼓判を押されるようになるまでの間、焦れすぎて皮膚の裏側が焼け爛れるようだった。
 治療終了を言い渡されたその日から伊吹は、いつにない熱心さで狩りへ出るようになった。いつもなら決して参加しようとも思わない臨時にも、出来るだけ足を向けた。
 攻防戦に特化した伊吹の戦い方に、参加を断る者もいた。募集主が参加を承諾しても、他のメンバーからの嫌味が向けられることもあった。

 今日の臨時でもそうだった。
 身軽でないローグに何が出来る、と蔑むようにはき捨てたのは、身を包むローブもまだ馴染まぬ歳若いウィザード。いかにも金持ちの両親に庇護され、甘やかされてぬくぬくと育ってきたような口ぶりだ。避けもせず詠唱もまだ遅いお前よりは余程素早い、と不毛な言葉をぶつけかけたとき、それまで黙っていた募集主が口を開いた。
 募集主は、少しくすみがかった金髪を後ろへ撫で付け、前髪を数本額へ垂らしたのが、黒の法衣によく映えるプリーストだった。歳の頃なら二十歳をいくつか越えたあたり。ルナと同じくらいだろうかと、このようなときでも伊吹は思いを馳せる。

「そういうことは言うものじゃない。俺はまだ体力に自信がないから、伊吹さんがいてくれるのは有難い。ヤロミルさん一人では、まだ不安だし……」

 それに、と視線をハンターへ移しながら言葉を継ぐ。

「君だってまだ、一人では火力として不十分だろう」

 穏やかな声のままでの辛辣な言葉に、傍観を決め込んでいたハンターが口笛を鳴らす。ヤロミルと呼ばれた騎士も表情を変えないままに頷く。ウィザード一人が顔を怒りに紅潮させている。

「俺たちは一人一人に出来ることが限られているからこそ、互いに補い合えるんだ。伊吹さんの戦い方は別に、冒険者の道にもとるわけじゃない。狩りに最適というわけではないかもしれないが……そもそもこの臨時自体が効率重視じゃない。それは納得してきてもらったと、思うんだけど」

 確認する声も責める響きがなく耳に優しい。日差しに明るく澄む茶の瞳がかげるのは、次に言わなければならない言葉のためか。躊躇うように開いた口を一度、また閉じた。

「俺は誰かを追い返したくないし、皆が納得してくれるならこのまま二人ともと行きたいと思っている。でも……、もしどちらかを選ばなければならないのなら、伊吹さんを選ぶ。職や戦闘スタイルの違いだけで人を貶めるのは……好きじゃない」

 毅然として言い放つ声が伊吹には居心地悪かった。己を庇ってくれる言葉なのに、庇ってくれる言葉だからこそ落ち着かない。何故このプリーストが伊吹を庇い立てするのかわからない。何のメリットもないはずだ。ただの偽善か自己満足か、それとも何か企みがあってのことか。
 伊吹の心に覗く疑心と裏腹に、見やる先には何の他意もなさそうな茶の瞳。夏の日差しに透けると僅かに赤い。今もピラミッドの地下に篭っているだろうプリーストの姿が重なって見えた。

「……っ!」

 プリーストの言葉がプライドに障ったか、ウィザードが怒りに打ち震えながら睨みつけている。最初はプリーストを、次に伊吹を。最後に全員を見回し、言葉が出てこないままに顔を背けた。立ち上がったかと思うとマントの裾を翻し、足早に立ち去った。白い姿が瞬く間に人波の向こうへ消える。
 ぎこちない沈黙が広がる。それを払うようにプリーストがそっと溜息をついた。座ったままではあるが居住まいを正し、残った騎士とハンター、伊吹へ向けて深々と頭を下げる。

「せっかく集まったのに、悪い……申し訳ないことをした。もう少し、言い方を選べば良かったな」

 背を伸ばし、真直ぐに己の非を認める潔い姿が伊吹の目には不可解なものに映る。無表情の下で怪訝に思う伊吹を残し、ハンターと騎士は即座に首を振った。

「いやいや、ヴァレリオさんが言ってなかったら、俺が殴ってたかも。口を開けば装備と家の自慢なんてさ、聞いてても楽しくないしね」
「あえて誰が悪いと言うのなら、彼の方だった。貴方が気に病む必要はない」
「そう言ってもらえると、少しは気が楽になるよ」

 三人が穏やかに笑い合うのが、伊吹には遠い世界のように感じられる。彼らの笑みが――己の存在があまりに異質で、目を逸らす。逸らした先でも、何人もの冒険者たちがそれぞれに臨時を募集したり、談笑したりしている。見れば他所のパーティも、程度の差こそあれ皆、笑みを交えて和やかに会話している。何をそんなに笑うことがあるのか、伊吹にはわからない。笑う必要も感じない。
 ヴァレリオと呼ばれたプリーストが伊吹の方を見て、気遣わしげに首を傾げる。

「……迷惑だったか?」

 鼻の辺りに彼の視線を感じる。ちらと見ると真直ぐな瞳と行き当たる。伊吹がまたそっぽを向くとヴァレリオも僅かに視線を外した。

「とりあえず、代わりを見つけるか……」

 ヴァレリオが緩く瞬きながら独りごちる。彼が沈黙すると自然と会話がなくなる。声はないまま小さく唇が動くのは、離れた場所へいる誰かへ語りかけているからか。一分ほどしてヴァレリオが顔を上げた。躊躇いがちに三人の顔を見回し、

「友人が一人、皆さえ良かったら同行すると言ってくれた。アルカージィというウィザードだ」
「来てくれるなら誰でも歓迎。ただしヤな奴以外」

 片手を挙げてハンターが真っ先に言う。屈託のない笑いにつられてヴァレリオも目を細めて笑う。どこか遠慮がちなのは、怒って立ち去ったウィザードに悪いと思うからなのだろう。
 騎士が黙ったまま首肯すると、伊吹へ視線が向けられる。

「伊吹さんは……構わないかな?」
「……ああ」

 無愛想に頷き、伊吹はまた口を閉ざす。それでもヴァレリオは嬉しそうに会釈をした。そのまま、離れた知人への囁きを送る。少し俯きながら明るい笑みと共に唇が動くのを、見るともなしに皆見つめていた。

 * * *

 それから十数分ほどでアルカージィは姿を現した。
 片目を隠すようにして伸ばされた青い髪が、強い日差しを照り返して眩しい。どっこらしょ、と年寄りぶりながらヴァレリオとハンターの間に腰を下ろすが、歳はヴァレリオと同じか、少し下といったところ。手短な挨拶と最低限の自己紹介すら早々にタバコを取り出したところで、ヴァレリオの拳が飛んだ。
 小突く程度のそれをわざとらしく痛がってみせるアルカージィに、どことなく硬かった空気が完全に解れた。それを契機に全員でゲフェンへと移動した。
 行き先は、監獄。薄暗く死の気配が漂うのはピラミッドと同じだが、流れる空気は湿ったもの。その差異が伊吹を苛立たせる。約束を破ってまたピラミッドの地下へ赴きたいと思ってしまう。
 まだ少し背伸びをした狩場だった為に狩りそのものは必死だったが、それでもどこかしら和やかなものがあった。ちょっとした言葉の掛け合いや目配せ、その端々に互いを気遣う思いが溢れていた。伊吹には馴染まない、逃げ出したくなるような空気だ。伊吹を快く思わない者がわざと行動を邪魔する、といったトラブルがない分、やりやすくはあったが。

 一時間半ほど狩りを続け、やや多すぎる湧きに疲弊しきったところで、誰が言うともなくプロンテラへ帰還した。
 ワープポータルの光をくぐるとすぐに、夏の強い光が目を射る。薄ら寒い監獄とのギャップに目を細めると足下が覚束ない。よろめく伊吹をヴァレリオがそっと支え、さり気なく手を離す。余計なことを、と睨みつける間さえ与えない素早さだった。
 清算も滞りなく終わった。
 皆の言う、今日は楽しかった、また機会があれば、の言葉が心から出たもののようで、伊吹には物珍しく感じられる。彼らの弾む声を背に伊吹は立ち上がった。歩き出そうとした瞬間、後ろから呼び止める声がひとつ。
 振り向けば、そこに立っていたのはヴァレリオだった。その更に後ろに控えるようにしてアルカージィがひっそりと立っている。
 もし良ければ、少しの間一緒に組まないか。そう切り出したプリーストを、伊吹は胡散臭げに見やった。何が狙いだと鋭く問う瞳に、ヴァレリオは淡く笑んだまま首を振る。

「攻防戦へ出るのなら、普段の狩りは大変だろう。俺はいつも、あっちにいる……アルカージィと組んでいるが、まだ二人じゃきついんだ。伊吹さんがいれば、だいぶ安定すると思う」
「互いの利益が一致するってことか」
「まあ、平たく言うと、そうかもしれないが……」

 声に微かに不満そうな色が混じるのは、伊吹の物言いがあまりに露骨だったからか。それでも否定はせずにいる。ヴァレリオの顔を見るともなく見ながら、伊吹は少しの間、視線を遠くへ投げる。
 花売りの少女へ、少しでも高く買ってくれと交渉する商人の姿。石畳の日陰に布を広げ、のんびりと語らう男女。待ち合わせをする冒険者たち。
 夏の暑気を跳ね返すほど賑やかな清算広場で、伊吹一人が冷え切っているようだった。ざわめきに満ちた世界だというのに静かに沈んでいく感覚。底の知れない沼に引きずり込まれていくような、得体の知れなさに目が眩む。
 思い出すのはただ、白と赤だけでつくられたプリースト。ルナ、と伊吹が名づけた。初めて自分で名を与えた存在が、確かにこの世に存在している。冷たく濁る胸の内に淡く灯るものがある。
 思い出すのはただ、彼一人。伊吹の心の中にはルナしかいない。信じられるものもルナ一人。ならば今感じている恐ろしいほどの静けさは、彼が今感じているものなのか。今までの伊吹は何かを寂しいと感じたことがなかった。気付かず抱え込んでいたものが表れたのか、新しくルナに与えられたものなのか。
 ルナに逢いたい。言葉にならない思慕が胸の内に渦巻いている。強くならなければならない。そうしなければ会いに行けない。少しでも、早く。そのためにウィザードやプリーストと組めるのは有難い。
 けれど。

「何故、俺を誘う? 騎士を誘った方が効率は良いじゃねえか」
「俺たちが求めているのは、効率じゃないよ。ねえ、アル」
「丁度ローグの知り合いも欲しかったからね」

 後ろからアルカージィも口を挟む。口数こそ少ないが、確かに青の瞳には好奇心が宿っている。何かを企むようには、どうしても見えない。伊吹にはそれが奇妙でならない。何の打算もなく、利益が目減りするとわかっていてなお誘うなど、あるはずのないことだ。
 長い逡巡の後に伊吹が顎を引いて諾を示すと、二人は一様に喜びを返す。何が嬉しいのか伊吹にはわからない。臨時の最中でも他人の挙動に常に神経を張り巡らせ、警戒している。彼らのように無防備に他人を受け入れることは出来ない。
 どうせ、彼らがペアで狩りに出られるようになるまでのつきあいだ。精々、利用させてもらおう。
 左目の傷跡が、ちり、と痛んだ。

 * * *

 明日の昼、待ち合わせはゲフェンで。
 そう約束してから明けて一夜。中央で冒険者たちに慌しく、けれど優雅に対応するカプラ職員をぼんやり眺めるローグの姿がひとつ。隅の建物の影に溶け込むようにして座り込み、鬱蒼と目を片目を細める様はどうにも凶悪。通りすがりのノービスやマジシャンがびくついていたが、いつのものことなので気にならない。
 明るい日差しが気に食わない。日陰に居てなお暑い夏が気に食わない。楽しそうに話している人々が気に食わない。何をとっても気に食わないが、中でもとりわけ苛立たしいのは、待ち合わせを持ちかけた当の二人が未だに現れないということだった。
 とはいえ、伊吹も約束の時刻から四十分は遅れてきている。己は棚上げして舌打ちをする。もう帰ろうかと、溜息をついて立ち上がった。胸が僅かに塞いで感じるのは、暑気あたりでもした所為だろう。

「伊吹さん……!」

 そこへ慌てて駆け寄るのは、先日のプリースト。骨格から逞しさを感じさせる、けれどまだ肉は薄い体が、支給の黒い法衣に包まれている。振り向いた先、ヴァレリオの背後に太陽が光る。眩さに伊吹は僅かによろめく。白く光る向こうで手を振る姿は夢の中のもので、懐かしさに自然、息が詰まる。
 遠くで何か言っている。聞こえない。それを打ち破るように新しい声が響く。誰かと見やれば、暑さに今にも溶け出しそうなアルカージィの姿があった。涼しげなのは、ウィザードハットの下から覗く青い髪のみ。白いウィザード装束も物憂げに日差しを照り返して、見るものを余計に暑くさせている。

「すまない、本当にすまない。こんなに待たせてしまって……、こんなに時間がかかるなら、ちゃんと連絡をすれば良かった。――こら、アル! 暑いのは皆同じなのだからしゃきしゃき歩け。出掛けにまでだらだらして……情けないぞ」
「暑いのは、暑い。どうやっても暑いよ。溶ける……。うわ、やば……」
「暑い暑いと言うなら、この炎天下で一時間も待たされた伊吹さんの方だろうが。情けないというか、何というか……呆れて物も言えん」

 はあ、と溜息をつくヴァレリオ。まだ若いだろうに、疲れたような顔が少し老けさせて見せる。アルカージィには情けないと言いながらも、やはり暑いのだろう。朱色の手袋に包まれた甲で額の汗を拭っている。きっちりと襟元まで締めた黒の法衣が熱を吸って、酷く暑そうだった。

「本当に申し訳ない」
「別に……」

 大したことじゃない、とぶっきらぼうに言うのへ、返って来たのは嬉しそうな笑み。伊吹も遅れてきたのだとは知らないヴァレリオは、伊吹を度量の広い人、と認識したようだった。それがわかってもあえて訂正しない伊吹だった。
 砂漠ほどではないが、敷き詰められた石の上を跳ねる日差しは強い。立ち上る熱気に上気するヴァレリオの頬は、ルナのものとは異なり、やや浅黒い。浮かべられる笑みも共通して穏やかではあるが、このプリーストにはルナにはない活気にも似た明るさがある。
 ルナとの相違を探しては、違いばかりが胸を刺す。そんな己へ溜息をつき目を伏せる伊吹へ、気遣いの視線が向く。

「疲れた……よな、やっぱり。どうしようか、少し休んでいこうか」
「疲れてなんてねえ」

 面映さに顔を逸らす。陽光に、左目の傷がヴァレリオの前に晒される。あ、と思い出したようにヴァレリオが声を漏らす。同時に携帯鞄を開けて中のものを検めだした。少しの探索の後に取り出されたものは、黒い眼帯だった。
 大切そうに手のひらに乗せたそれが伊吹へ差し出される。

「むき出しで悪いんだが、良かったら使ってくれ」
「……何故」

 慣れない手つきで受け取りながら、睨みつけて問う。理由がないと言う伊吹に、アルカージィが久方ぶりに口を開いた。前髪を鬱陶しそうにかきあげては指先を振る。触れた髪が思った以上に熱を吸っていたのだろう。

「人の厚意を素直に受け取れないのは、度量の狭い証拠だよ」
「アル。そういう言い方をするものじゃない」
「だって、せっかく君が……」
「そういう言い方をしてはいけない。それに、そもそも厚意は押し付けるものじゃないだろう。厚意を受け取ってもらえたら、そのことに感謝をする……それくらいで丁度良いんだ」

 窘める言葉にアルカージィが渋々口を噤む。二人のそのやり取りにもやはり伊吹は馴染めない。ぼんやり眺めているとヴァレリオが再び顔を向ける。

「もし嫌でなかったらだけど、受け取ってくれると嬉しい。理由が必要と言うなら……そうだな、今日の大遅刻の詫びと思ってくれないか」

 その言葉に、出掛けに買い求めたものではないと知れる。そもそも眼帯を露店に並べるものは希少だ。昨日の内に思いついて自力で調達してきたか、露店という露店をしらみつぶしに探して回ったか。どちらにしてもご苦労なことだ、と伊吹は眉を顰める。
 どうせ、この目の傷を気にしてのことなのだろう。見ていて不愉快になるからか、伊吹を周囲の視線から守ろうとしているからか。お節介そうなこのプリーストのことだから、後者なのだろう。連れのウィザードなら知れないが、彼なら最初から人に何かを贈るなど考えなさそうだ。
 これを素直に受け取って良いものか、迷う。人に物を貰えばその対価には合わないほどのものを持っていかれるのが今までの生活だった。見に染み付いた警戒が受け取るのを躊躇わせる。
 不意に朱色の指先が眼帯を取り上げる。荒れた伊吹の手に僅かに朱の布が触れた。その動きを片目で追えば、日差しに負けない明るい笑みが降ってくる。伊吹へ手を伸ばし、慣れた手つきで眼帯の紐を結ぶ。

「……どうかな」
「邪魔臭ぇ」

 言うなり、つけられたばかりの眼帯を毟り取る。僅かに驚いた様子のヴァレリオと、不愉快そうなアルカージィ。それを尻目に伊吹は眼帯をヴァレリオへ突き返す。
 僅かの間の後にヴァレリオがその手に触れ、伊吹の手を下から包み持つ。そっと握りこませるようにして眼帯を持たせ、極軽く伊吹の方へその手を押しやる。やんわりとした動きだというのに何故か逆らいがたくて、伊吹は渋々手を引く。

「いきなり、悪いことをした。伊吹さんの気持ちも聞かずに……。もし嫌でなければ、これは貰っておいてくれないか。いらなければ、後で売ってくれても構わない」
「わかった」

 後から請求されても何も出さない、と予防線を張る伊吹へヴァレリオが困ったように笑みを浮かべている。何故か膨れっ面をしてタバコを取り出すアルカージィ。それを目ざとく見つけて、その後頭部をヴァレリオの杖が打つ。鈍い音が痛そうだった。タバコ入れごと没収して懐に仕舞いこむ手つきもまた、慣れた様子だ。何度もこうしたやり取りをくりかえしているのだろう。
 何事もなかったかのように伊吹へ笑みを向けるヴァレリオは、意外としたたかなのかもしれない。

「伊吹さんには何だか、見っとも無いところばかり見られてるな」

 頭をかきながら、すまない、とくりかえす。その一端を担うはずのアルカージィは素知らぬ風で道行く人々を眺めている。その目つきが虚ろなのは暑さに耐えかねてのことだろう。モロクのきつい日差しに慣れているとはいえ、伊吹もじりじりと炙られている心持がしてきた。

「ここにいるとアルが干からびそうだから、とりあえずグラストヘイムまで行こうか」
「賛成」

 即座にアルカージィの声が上がる。伊吹にも異論のあろうはずがなく、黙って頷く。それを確認してからヴァレリオが立ち上がった。隅の方で萎れているアルカージィに手を差し出し、立ち上がるのを助けている。
 余程体力がないのか、ただ甘えているだけなのかヴァレリオに寄りかかるアルカージィだったが、ヴァレリオの手によって即座に引き剥がされた。こんな所で、と叱る声も親しげなもの。二人の様子を見ながら伊吹は立ち上がり、一人先に歩き出す。
 居心地の悪さがまた戻ってきた。それでも、待っている間に感じていた胸に重く溜まるものはいつの間にか消えていた。歩き出したからだろうか。ひとところに居続けるのは苦手だった。それは場所でも、人でも等しく。己を深く知るものが出来るのは恐ろしかった。
 本当なら臨時でもあまり同じ人物とは組みたくない。が、相手を選べるだけの余地はないと知っていた。伊吹のような攻防戦特化のローグと組んでくれる冒険者は少なかった。自然と、組む相手も決まった顔ぶれになっていく。
 顔見知りが幾人も出来るくらいなら、いっそこの二人だけに絞ってしまえ。使えるものなら何でも使ってやる、と浅く開いた唇から息をつく。後ろから二人の足音が聞こえるが、振り向かない。
 眼底がまた、ちり、と痛んだ。



















2005/12/21
  落)臨時に行ってみたいけど怖い支援プリ。in Thor