捕獲
昼間に大規模なテロがあった。
こんなに大きなテロは、今年に入って初めてだという。重軽傷者は百名を下らず、峠をこえられずに命を落としたものも、少なくない。
テロの仕掛け人は、一人のローグだった。人ごみに紛れて枝を折っては移動するローグの姿を、数人が目撃していた。無造作に跳ねさせた黒髪と、さほど目立たない容姿。ただ、片目を覆う漆黒の眼帯だけが異様な雰囲気を醸し出していた。
情報は数時間をおかず街中に――否、プロンテラの外にまで広がっていった。メインストリートが、南から城の入り口近くまでほぼ壊滅状態だったというのだから、それも無理はない。
常は世俗から隔離されているプロンテラ大聖堂の中へも情報は速やかに伝わった。といっても、逃げ込んできた人々を保護し、テロの後には怪我人を一時的に収容して手当てをしていたのだから、逆に伝わりやすかったのかもしれない。
痛みに呻く人々に、使いすぎで擦り切れそうな精神力を振り絞ってヒールを施していくプリーストが一人。質の悪いカンテラを片手に人々の列の合間を縫って進み、呻き声に応えるようにして側に膝をつく。燐光を纏った手を患部に近付け、微かに耳に届くくらいの声で祈りと慰めの言葉をかけ、髪を撫でてやってから立ち上がる。
テロが起こってからずっと人々の怪我を癒し続けてきたため、整った白い顔に疲労の色が濃い。カンテラの鈍い光を銀の髪がちらちら反射している。手袋に包まれた手の甲で額の汗を拭うと、絹糸のように細い髪が退いて額が覗く。少し離れていてもわかる脂汗を滲ませて、それでも涼しい顔をして立っている。
何べんか列を巡回すると、呻き声はほとんど聞こえなくなってきた。
自身の精神力も、もう限界だ。そう判断すると、プリーストはゆっくりとした足取りで広間から出て行く。
巨大な扉を閉めると、玄関に続く廊下だ。外からの冷気がこびりついている。プリーストは身を竦めながら扉の前に膝をつく。首筋から胸元へ汗が伝い、首から下げたロザリオを濡らす。カンテラを脇へ安置し、握り締めていた杖も置いて、ようやく一息ついた。
疲労に乱れる息をそっと吐き出してから、プリーストは瞼を閉じる。
口の中で小さく唱えるのは、テロの被害者たちの安息と癒しを願う祈り。膝をつき頭を垂れて祈る内、切れ切れだった息も自然と収まっていく。それにすら気付かずに彼は祈り続ける。
(……彼らがせめて夢の中では安楽であるように……。怪我が順調に回復するように……)
とりとめのない祈りは、己の心を落ち着かせる。心身共に疲れきってはいたがプリーストの表情が穏やかなものへと代わっていく。
不意に、乱暴に扉が開いた。
天井の高い建物だから音が思いのほか響く。微かな血の匂いが、冷たい外気に混じって流れてくる。俯いていた顔を上げるのと同時にプリーストは、ランタンを掴み立ち上がっていた。足が震えて疲労を訴えたが無視して玄関へ向かう。
半月の光の中佇むひとつの影。血に塗れた腕で無造作に扉を閉める。痛みが激しいのか舌打ちをしながら肩で息をしている。カンテラをかざして見るまでもなく、負傷者だった。
「怪我をなさっているのでしたら、どうぞこちらへ……」
言いかけた言葉は、微かな反響を残して途切れる。己の顔を相手に示すように持ち上げたカンテラの光で、自然、相手の顔も見ることになり――その先にいたのは、噂と同じ黒い髪に、禍々しさを感じさせる眼帯をした、背の高いローグだった。
視線を下げると血に塗れた手には古木の枝が握られていた。それでテロを起こしたのだろう。プリーストの白い頬にさっと赤身が差す。怒りとも悔しさともつかない感情。それを知ってか知らずか、ローグは片目でじろりとプリーストを見下ろす。ゆうに頭ひとつ分の差はあるだろう。
「俺の傷の手当もしてくれるのか?」
「貴方は、もしや――」
吐息のように密やかにプリーストは言葉を紡ぐ。ローグは血のこびりついた唇をにぃと歪める。他人に己を知られていることを嬉しがるような笑みは、見る者に寒気を与える。その笑みに確信を深めたプリーストは己を抱きしめるようにして震えた。
「何だ、俺のこと知ってんのか? 俺も随分と有名になったもんだ……」
そんなことは端から承知というようにローグが鼻を鳴らす。自身の悪名高さを十二分に知り尽くしているのだろう。ズボンに破れの目立つ片足を引きずりながらローグが大きく一歩進み出る。
一気に血の臭いが濃くなり鼻につく。プリーストは嫌悪に柳眉を顰める。重傷者の傍にあっても決して嫌な顔をせず怯えるでもなく、励ますように淡く笑みを浮かべていた彼とは別人のようだった。
「教会ってのは、困ってる奴を救ってくれるんだろ? なら、こんなに怪我してふらふらになってる俺のことも、当然助けてくれるよな」
にたにた厭らしい笑みを浮かべてローグが言う。挑発するような口調が素のようだ。瞳は未だ尽きない欲望にか、腹を減らした獣のようにぎらついている。
プリーストは反射的に後ろへさがる。さがりかけて半歩で足が止まる。プリーストの背後には大きな扉がひとつ。その向こうでは、傷の痛みと熱の合間に浅い眠りに懸命にしがみつく人々がいる。
「へへ……お断りか。どんだけ酷い怪我してたって、罪を犯した人間を救うのは嫌か。さすが、お綺麗なだけの聖職者様は違うねえ」
「……そんな、ことは……」
「口に出さなくても顔に書いてあらあ。こんなテロを起こすような犬畜生にも劣る奴の手当てなんてしたくないってさ」
せせら笑う声にプリーストは唇を噛む。己の見下していた相手に己の内面を言い当てられる何ともいえない不快感。己が身が穢されていくようでさえあった。空気に毒が含まれているかのように、ただ言葉を交わすだけで……。
「私は、確かに――たとえ教義に外れたとしても、貴方を治療したくはありません」
はっきり言い切る言葉は、静かだが力強い。ひたと見据える瞳には隠しようのない拒絶が浮かんでいる。ローグが面白がるように片目を笑みに細める。
「はっきり言うな」
「嘘をつくのは好きではありません。己を偽ることも……」
「ケッペキだこと」
「お褒めに預かり光栄です」
ローグの皮肉げな笑みを静かに流す。もう顔色ひとつ変えることはない。睨むように細められた瞳は、咎めるようにローグを見つめている。その視線を焦らすようにローグは枝を弄ぶ。
「私は貴方の手当てをするつもりはありません。ですから、貴方がここに留まる理由もありません――いえ、留まって欲しくありません。今すぐに出て行って頂きたいくらいです。出来るのなら、街からも」
「お優しいねえ。優しさが身に染みて、涙が出そうだ」
ローグは、大きな手の甲で涙を拭うふりをしてみせる。芝居がかった仕草。
プリーストも大仰に溜息をつく。
「どうせ泣くのでしたら、ご自分の傷つけた者たちのために涙を流してはいかがですか」
「逃げることも戦うことも出来ねえような、弱いだけの奴らなんて生きてるだけ無駄だろ。そんな奴らのために、どうやったら泣けるんだ?」
ローグの影が大きく揺らめく。プリーストの持っているカンテラが、手の震えに合わせて小さく揺れている。青い瞳に宿るのは激しい、憎悪にも似た感情。怒りが頬を薔薇色に染めている。
目眩を堪えてプリーストは睨み続ける。そうしていればローグが何らかの罰を受けるのではと錯覚するほどに。頭がぼうっと熱くなる。これほど激昂したのはいつ以来だろう。消耗した精神は緩慢に怒りに従う。
「お前が手当てしねえってんなら、他の奴たたき起こしてこいよ」
「嫌です。貴方のような人を、誰に任せることができますか……」
余裕たっぷりの声と、平静を装う澄んだ声が怒りをぶつかり合う。揺るがない瞳にローグが先に苛立ちを露にする。舌打ちが大きく響いた。
プリーストを壁際へ追い詰めるように大股で詰め寄る。
「うぜえなあ」
吐き捨てる言葉と共に、血なまぐさい息がプリーストの顔にかかる。彼の怒りと迫力に呑まれている間に近付かれていた。背中に、石の壁の冷たい感触がある。黒い法衣を通して、じわじわ浸透してくる。
間近から見下ろされてプリーストが微かに身を震わせる。深く、底の知れない暗闇を封じ込めたかのような暗い瞳が、プリーストの薄い青の瞳を覗き込む。
他の色に穢されぬよう、その信仰が決して揺るがぬよう黒に染められた法衣。それよりもなお黒い瞳。何で染めればこのような黒になるのか。それが何かすらも感じさせず、ただプリーストの白い顔が瞳に小さく映っているのだけが見える。
「てめえ、俺が出て行かなかったら、どうするつもりだ?」
「……人を呼んで、捕らえます。ここから出て行けと言っているのは、私なりの精一杯の温情です」
「野垂れ死にするか、捕まって処刑されるか選べってか」
「人の命を弄ぶ輩には過ぎた温情ではありませんか? 今この場で殺されたとしても、貴方は文句を言えないのですから」
冷たく青い瞳で睨み上げる。カンテラを持つ手を伸ばして相手と己との間を空けようとする。ローグの手が伸びる。咄嗟に身を縮めるプリーストの顔の横に、その手が突かれた。肌のあちらこちらで血が固まり、それでもなお流れ出る血が、床に溜まっていく。
ローグが一歩踏み出すと、つま先がびちゃりと血溜りを踏む。冷たくなっていく赤い飛沫がプリーストのズボンの裾に飛び、吸い込まれていく。
「なら、呼べなくするしかねえよなあ」
顔を近づけて凄むローグを厭ってプリーストが身を捩る。それを逃すまいとローグの右手がまた顔の横に突かれる。ローグの両手の間に閉じ込められる。その距離にプリーストは身震いする。
「神聖な場所で人を殺めるのですか」
「ああ? 殺して欲しいのか?」
何を言うのかと怪訝そうなローグの言葉に、プリーストもつい、きょとんとした表情を見せる。ローグは顔を顰めてじろじろ見つめ、それからさも呆れたというように溜息をつく。
「……? 殺さないのですか?」
「まあ、そう急ぐなよ。お前には散々世話になったからよ、殺してくれた方がマシだったって思うようなことをしてやるからさ」
喉の奥で笑いながら言う言葉に、プリーストは僅かに安堵する。殺されることはなさそうだとわかるだけで、不思議と心が落ち着いた。生きてさえいれば何とかなる。人生経験の少ない彼は一人息をつく。
血の臭いが鼻につく。
「お前、自慰もしたことがなさそうだよな」
「っ……! ――……貴方に、そのようなことを言われる筋合いはありません」
「そう言うなって。これから深い中になるんだからよ」
「ここで終わりの、もう二度と会うことのない仲です」
「なるんだよ」
笑みともつかないざわめきをもった低い声が、熱い息と共に吹きかけられる。血と、抜けた後にも残っているのだろうかすかな酒の臭い。それが不意に濃厚になる。
ぬめった舌が己の口内に侵入してくるのを、少し経ってからプリーストは理解する。喉の奥から悲鳴が漏れた。顔の横にある手が傷だらけで硬そうなのとは違い、ローグの舌は弾力をもった柔らかさがあった。そのギャップが妙に心を不安にさせた。
身の毛のよだつ柔らかさの中、一瞬だけ小さな硬いものが舌に触れた。錠剤らしい。二人の唾液が混じりあい、その表面を溶かしていく。舌を、少し粉っぽい唾液が包む。
「っ――――」
正体のわからない粉が舌の上に広がっていくのを感じて、薄い青の瞳が見開かれる。息を呑むと余計に苦しい。息を止めていても苦しい。ローグの眼帯が、近付きすぎて時々頬に触れる。人をこんなに近くに見るのは初めてのことだった。
闇が近すぎて呑み込まれそうになる。目眩がする。足下がおぼつかない。粉と錠剤を吐き出そうとするのを、ローグの舌が押し返す。
唾を飲み込むことも出来ず息苦しさが増す。口付けをするなど考えたこともなかった身には息継ぎなど思いつかない。瞳の青がぼんやり滲む。
「ふ……、ぁ……」
無骨な舌に割り開かれた唇は濡れて赤い。口の中に溢れた薬混じりの唾液が口の端から伝い落ちる。息苦しさと混乱とで体中が熱く、頭の奥がガンガンする。
新鮮な空気を求め、細い手がローグの胸を叩く。よく鍛えてあるらしい胸はびくともしない。蚊にさされた程度にも感じていないのだろう。プリーストの華奢な体が震える。倒れそうになる体を、押し付けられている壁と密着するローグの体が許さない。
喉が焼けるように疼く。何故こんなに自分は我慢しているのか。ただ一度、唾液を飲めば良いだけだ。この錠剤が何かはわからないが、毒ではないだろう。さっき殺すつもりはないと言っていた。きっと、睡眠薬か何かだ。眠らせて、その間に逃げるのだろう。
「っ、ん……」
息苦しさに耐えかねて、喉を鳴らして唾液を飲み込む。半分ほど溶けた錠剤が怖気と共に胃を落ちていく。過度の唾液に助けられて、呆気なさ過ぎるほどあっさりと体内へ消えた。
プリーストの口内に錠剤がなくなってなおもローグの舌は執拗に絡んでくる。唾液を送り込むことが目的のように。舌が動く度にぴちゃぴちゃと水音がする。
もう自分が生きているのか死んでいるのか、起きているのか寝ているのか、それさえもわからない。疲れすぎて夢を見ているのかもしれない。夢ならば良い。どんな悪夢もいつか覚める。
「勿体ねえなあ」
「っは……こふ」
「零すなよ、これ高いんだから」
低く笑うような響きの声が耳元で囁かれる。耳孔をくすぐる声に、ようやく唇が解放されたことを知る。咳き込むように息をするプリーストを馬鹿にしたように、ローグが笑む。
ごつごつした指が、口の端から伝った唾液の跡を逆に伝う。肌が擦られて痛みを訴える。ローグはそれにも頓着せず、薬混じりの唾液を指先に掬い取る。
喉の奥を擦り合わせるようにしてローグが笑う。笑いながら、荒い息にわななく唇の合間に指を突っ込む。鉄サビと塩の入り混じったような少し苦い味が口中に広がる。吐き気がこみ上げてくる。胃がむかつく。
「口、狭いなあ。下の口も狭いかな?」
嘲る口調でローグが尋ねる。プリーストにその意味は理解出来ない。理解出来ないが、己を侮辱する言葉であることだけはわかった。酸素の足りない頭の中で、怒りだけが強く灯る。
衝動の突き動かすままに、口の中を蹂躙する指に思い切り歯を立てた。反射的にローグが手を引く。血の味が濃くなる。犬歯に指の薄皮が破れたのだろう。歯形のついたところから血が滲む指をぶらぶら振ってローグは目を眇める。
「てめえ……」
唸るように呟き、ローグは片手を無造作にあげる。プリーストがそれに気づいたときにはもう頬に熱い痛みを覚えていた。
「大人しそうな面してやってくれんじゃねえか」
「ん……。っ……、汚い指で、触るからです」
「減らず口を……」
激情に燃える片目が、カンテラの火を照り返し、本当に焔が宿っているようだった。初めて見る、人間の人間へ向ける明確な殺意に、プリーストは知らずの内に震えていた。
不意にローグが、ふっと息をつくようにして笑みを漏らす。
「枝、さあ。まだ百本ちょっと残ってるんだけど……ここで折っちまおうか」
「な……!?」
「お前にはどうせ、倒しきれねえだろうなあ。そいつら、どこに行くかな。聖堂の奥かもな……街の外かもしれねえ。この辺りで怪我人集めて、治療してやってるんだって? そいつらは逃げ切れねえよなあ。そしたら、まあ、十中八九死ぬよな。可哀想になあ……てめえの所為で、せっかく助かったのに死んじまうんだぜ」
おかしくて堪らないというようにローグが肩を揺らす。陽気な歌でも歌うように、言葉の節々が弾んでいる。その合間に混ざる笑い声がプリーストの憎悪を掻き立てる。
ローグは懐からちらりと枝の束を覗かせる。十数本程度だったから、まだいくつもの束を隠し持っているのだろう。悪寒がプリーストの全身を包む。あれほど熱かった頭の中がすっと冷えていくのを感じる。
先ほどようやく峠を越したばかりの少女が、息子が無事と聞いて動けないまま涙を流した女性が、恋人の行方を尋ねる言葉ばかりくりかえす男性が、ようやく助かったばかりの命が、皆失われてしまうのか。
目眩がする。側にある闇の深さに体の震えが止まらない。目の前の男が悪魔に見える。
「ほら……」
指先で弄んでいた枝の一本を、さほどの力もこめずに折る。プリーストの蒼褪めた顔は動かず、動けず、ローグの顔を向いている。哀願するような色にローグが愉快そうに笑い、顔を歪める。
枝に召喚されてきたのは、緑に透き通るゼリー状の生物――ポポリンだった。ぽよんぽよん跳ねながら、懸命にローグの足に体当たりをくりかえしている。
「何だ……、雑魚だな」
ローグは心底残念そうに肩を落とす。力が抜けて体を支えられなくなったプリーストは、ローグの足と壁の合間にへたりこむようにしている。それを見下ろすローグは、冷たい笑みを浮かべていた。
「良かったな、ごついのが出てこなくて。ったく……運が良い」
「貴方は、何を考えているのですか」
怒りを押し殺して低くなるプリーストの声。それをあざ笑うようにローグは悠々と肩を竦める。
「別にぃ……。面白ければ、後は何だって良いじゃねえか」
「人が死ぬことの、何が―― 一体何が楽しいというのです。貴方は失うことの恐ろしさを、取り返しのつかない恐怖を知らないのですか?」
床に落ちるようにしてカンテラが置かれる。僅かな空気の流れにも反応して揺らめく焔が、辺りをほの暗く照らす。ここは地獄のようだ。冷たさが身の上を這い回る。全身が侵されていく。
急に、目の前の男が怖くなった。
「さて、と。地味にうるせえから、こいつ先に殺っちまおうか」
足下で跳ね続けるポポリンを見て、何でもないようにローグが言う。相手は人々から忌み嫌われている魔物だ。恨みをもつ者も多い。それでも、何の感情の揺らぎも見えず、躊躇いも感じないで『殺す』と口にする人間は少ない。それが酷く恐ろしかった。
眉ひとつ動かすことなく、邪魔な石ころを払いのけるようにして、この男は生命の火を消すことが出来る。昂ぶりも喜びも憎しみもない。僅かばかり面白がる程度で、それもすぐに、水面が凪ぐようになくなってしまうのだろう。完全な無。それがプリーストには耐え難い恐怖を与える。
「いけません、そんな……。魔物とはいえ、それは生命あるもの。それを、神聖なこの場で手にかけることは許しません」
瞳に怖気を残したままプリーストがか細い声で言う。ローグは呆れかえって溜息をつく。つま先に力を要れず、ポポリンの側面をつついている。そうしながら無造作に手を伸ばし、プリーストの白い髪をぎっちりと掴み、顔を上げさせる。
「俺はな、てめえみたいな奴が大っ嫌いだ。偽善者より性質が悪い。だから、殺してなんてやらねえ。生き地獄を見せてやる」
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