サンタクロース


 クリスマスイブの夕方。プロンテラの清算広場はいつになく混雑している。大切な人へのプレゼントを買うために狩りに勤しむ人が多かったのかもしれない。一次職も二次職も皆どことなく明るい顔をしていて、和やかなムードだ。
 リュシアンも、どことなく浮き立つようなクリスマスの雰囲気を全身で感じていた。身を包むのは、まだ真新しいアコライトの衣装。数週間前にアコライトへの転職を果たした、十八を数えたばかりの青年だ。まだ少年を抜けきらない細いしなやかな体をしている。柔らかい青みがかった銀の髪が人目を惹く。
 その隣には、なりたてアコライトには不釣合いな大柄の騎士が一人。気さくな様子で笑みをリュシアンに向けている。対するリュシアンの笑みは遠慮がちなもの。

「今日も頑張ったな」
「ありがとうございます。でも、そろそろ俺も臨時に行ってみようかと思っています。毎日つきあって頂くのは、ロドリグさんにも申し訳ありませんから」
「俺は構わないんだが」

 意外なことを聞いたとばかり騎士が笑う。リュシアンは困り顔だ。
 まだ初心者修練所を出たばかりの頃にロドリグに声をかけられた。アコライトになるのだと言うと、それならしばらく盾になってやると、あの時も騎士は笑っていた。本当なら己の力ひとつで転職したかった。それでも、知人も友人も、家族さえいなかったリュシアンにはロドリグの厚意を跳ね除けることが出来なかった。

「ですが、ロドリグさんにも都合があるのでしょう?」
「俺は根っから一人きりさ。仲間も身内も、何もありゃしない」

 そうではなくて。声に出来ない言葉を呑み込み、リュシアンは俯く。この男の厚意はありがたい。冒険に出たばかりの、無一文のリュシアンに回復剤や防具を揃えてくれる。値段のことはわからないが、尋ねれば決まって「店売りの安いものだから気にするな」と返ってくる。
 返そうにも返せないほどの恩がある。それなのに、ロドリグの側にいると何故か落ち着かない。憧れめいたときめきでもなく、恋愛感情でもなく、どちらかといえば、胸騒ぎ。

「それとも、俺がくっついていくのは、迷惑か」
「い、え……。とても、助かっています」
「なら良かった」

 リュシアンの声に篭る躊躇いにも気付かずロドリグは明るく笑う。それが少し、怖い。リュシアンの言うことをまるで聞いていないような、そんな気になることがある。
 ロドリグの視線がリュシアンを離れ、街中を彩るクリスマスの飾りつけに流れる。それからまた、リュシアンへ。この男の視線が向くと、離れていてもすぐにわかる。一瞬の違和が身に纏わりつくのだ。

「ああ、そうか。明日はクリスマスだったな……」

 少し待っていろと言い置いてロドリグが立ち上がる。どこへ行くのかと視線で追えば、どうやらカプラ嬢の方角だ。もらった聖職者の帽子を手で直しながら待つことしばし。
 戻って来たロドリグは、当たり前のようにリュシアンのすぐ隣に座る。肩と肩が触れ合うほどの近さにリュシアンが顔を俯ける。ロドリグが気にした様子は全くない。手にした荷物を、きちんと揃えられたリュシアンの膝の上にどさっと置く。

「これは……」
「クリスマスプレゼントだ」
「ありがとうございます。俺は……」
「そろそろ、宿に戻るか」

 何も用意していないと言いかけたのを遮って、ロドリグがまた立ち上がる。礼すらもろくに聞いてもらえない。どこかすれ違う感覚。ただリュシアンが距離を置きすぎているだけなのか。
 立ち上がってすぐ歩き出すロドリグ。仕方なしにリュシアンはその後を追いかける。宿代を払うのもまたロドリグだった。カプラサービスからも大通りからも離れた場所にある、古い、小ぢんまりした安宿。それでも二人分の部屋代を週ごとに収めるのは、財布を圧迫するはず。
 相手に生かされているみたいで、嫌だった。せめて食事代を出させてくれと申し出たこともあるが、絶対に受け取らないと突っぱねられた。その時の語調があまりに荒くて、それ以来もう一度言うのが憚られる。
 いくつもの細道を入ってようやく宿に着く。この宿を知っている者は、ここに暮らす者たちだけといった風情がある、見るからに古い建物だ。出される食事も、普段と変わらない。変ったことといえば食後にひとつ、小さなケーキが出されたことくらいか。
 食事を終え、リュシアンは部屋へ戻る。薄いドアを閉めようとしたら、間につま先が差し込まれる。訝って振り向けばロドリグの姿がそこにあった。

「あの、何か……」
「プレゼントを開けてるところが見たい」
「それは構いませんが、……俺は何も用意していないので、申し訳ないです」
「良いさ」

 それよりも早く開けてみろと、ロドリグが急かす。強引さに半ば呆れながらもそれを顔に出すわけにはいかず、リュシアンは頷きを返す。ぱたん、と軽い音と共に扉が閉まった。
 照明は薄暗い蝋燭の火がただひとつ。僅かに身じろぐ度に影が揺らめく。闇が押し寄せてくるようで息苦しい。スプリングの利かないベッドに腰かけ、リュシアンが先ほどの袋を開ける。中から出てきたのは、サンタクロースの衣装だった。分厚い真紅の布地で仕立てられたそれに、要所要所白い飾りがついている。おまけとばかり、サンタ帽もつけられていた。

「せっかくだから着ろよ。似合うかもしれないぜ。聖職者だし」
「そういうものですか。……ロドリグさんがそう仰るなら……」

 立ち上がって、また少し惑う。出て行ってくれれば良いと思うのにそれを言葉に出せない。何故その必要があると問われれば答えられないだろう。リュシアンにも、何故見られたくないのか、わからないのだ。
 備え付けの小さな椅子に座ったロドリグには背を向けたまま、白い上着を脱ぎ始める。背中に痛いほど視線を感じる。知らずの内に頬が熱くなる。細い体が震えたのは寒さの所為か、微かな羞恥の所為か。ぶしつけな視線を気付かぬふりでやりすごし、ズボンを脱ぐ。
 赤いズボンをはいてから、揃いの上着を羽織る。身を包むあたたかさは、そのまま身を守るためのもののようで、ほっと安堵の溜息が出る。ロドリグが何か言う前にと、セットにされていたサンタ帽も被る。

「よく似合うじゃん」
「それは、どうも……」
「それじゃあ、俺もサンタさんからプレゼントをもらおうかね」
「え? 俺は」

 用意していないのだとくりかえそうとした瞬間、背後からのしかかられる。鍛え上げた筋肉に包まれたロドリグの体は重く、支えきれずにリュシアンは倒れる。ベッドの上に倒れたはずなのに、床に倒れたときのような痛みが走る。
 わけもわからないままもがく体を太い腕がきつく抱きすくめる。首筋に柔らかいものが触れた。熱を奪おうとするかのように強く吸われて、リュシアンは小さく呻く。腕の力が強すぎて身じろぐだけで体が痛む。

「離して……っ」
「そう、つれないこと言うなよ。今まで善くしてやっただろ?」
「それは、あなたが勝手に……!」

 股間をまさぐるロドリグの手に、非難の言葉が途切れる。もう片方の手は裾から侵入して素肌を撫で上げていく。さわ……と粟立っていくのを追いかけるように無骨な指先が胸の突起へ触れる。最初に感じたのは途方もない悪寒だった。嫌だと口にすることすら出来ず、ただ息を詰まらせる。
 乳首をつまむ力も強い。耳朶を、鋭い犬歯が押さえる。そのまま食いちぎられるのではと不安になる。身を硬くするリュシアンを気遣う気配など全くないまま、ロドリグの手は突起を弄り続ける。二本の指で捏ねながら引っ張ったかと思えば、今度は指の腹で押し付けるようにして潰す。
 感じるのは悪寒と苦痛ばかり。痛みに声を漏らす度、ここが良いのかと嘲るような声と共に、一層強く胸の突起を弄られる。かちゃ、と音がして視線を下げる。涙で滲んだ視界に、大きな手がリュシアンのベルトを外しているのが見えた。ベルトが引き抜かれるのに合わせて背筋を寒気が這う。

「良い子だ」

 耳朶を咥えたままロドリグが言う。凍りついたように声が出てこない。恐怖と混乱とに体を硬くするリュシアンの両手を、ロドリグがひとつに纏めて持つ。解放された突起がじんじんと痛む。痛いはずなのにリュシアンの体の奥で疼く何かがある。
 胸の前で合わされた両手。白い手首が、黒のベルトに拘束される。きつく、血が止まるのではと思うほどにきつく締め付けられ、リュシアンが苦痛の声をあげる。
 ロドリグはそんなことには構いもせず、リュシアンの体を完全にベッドにうつぶせにする。ロドリグが身を離すとリュシアンは少し呼吸が楽になる。今の内に逃れようとリュシアンが肘と膝とで体を起こす。それを待っていたかのように再びロドリグの手が伸び、ズボンを引き摺り下ろす。大きめのサイズだったそれは苦もなく下ろされ、膝で止まる。
 背中をぐっと押され、抗いきれずに上体が傾ぐ。腰を高く上げさせられた格好で静止させられる。晒された素肌が寒い。何を、と問う間もなく冷たいものが臀部の合間に触れる。硬い瓶のような感触。瓶の口は開いているらしく、臀部の間の窄まりにとろりと粘り気のある液体が流れる。それを零すまいとするかのように、硬い瓶の口がリュシアンの体内へ無理矢理押し込まれた。

「ひっ、あ……やああ――――……!」
「初めてか?」

 笑み混じりの声が耳を痺れさせる。逃れようと腰が揺れるのを、逃さないとばかり深く瓶の口が入り込む。熱い体内へ、冷たい液体が入り込んでくるのがわかる。正体のわからないそれにリュシアンは知らず涙を零す。
 入口が酷く痛む。その周辺の内壁にもいくつか浅い傷がつく。異物を押し返そうときつく締め付ける窄まりが、リュシアンに余計に痛みを与えている。

「や……っ取って、ください……」
「ちゃんと全部飲んでからな」
「嫌、……何、これ……。痛……、嫌ですっ」

 混乱した言葉を紡ぐ唇を、ロドリグの荒れた指先が辿る。くすぐったさに背が跳ねる。ひくひくと入口が収縮して瓶を締め付けているのが伝わってくる。
 冷たくてたまらなかった液体が、体内の熱にあたためられて、次第に体に馴染んでいく。

「何を、……、これは、何……っ」
「ん? 気持ち良くなるオクスリ。わざわざ用意してやったんだぜ」

 重みに負けて少しずつ抜けてくる瓶を、時折ロドリグの手が押し戻す。その度に柔らかな壁がえぐられるように痛む。瓶を回されると少しずつ傷が広がっていくようだ。
 それだというのにリュシアンの体の底には堪えようのない疼きが溜まっていく。疼痛にじっとしていられなくなって腰が揺れる。粘液の入り込んだ体の奥が寂しい。欲しくて堪らないのに、何が欲しいのかリュシアンにはわからない。

「許し、て……」
「人聞きの悪いこと言うなよ。お互い楽しもうってだけじゃん」

 お前だって気持ち良いんだろう、良すぎて泣くくらいに、と甘く囁かれてリュシアンが嗚咽を漏らす。違うと首を振るのにロドリグに伝わる様子もない。
 ロドリグが瓶を浅く引き抜いたり差し込んだりし始める。時々捻りが加えられて、その度にリュシアンの唇から掠れた悲鳴が洩れる。ぐゆ、ぐぷ、と液体が泡立つような音が狭い部屋に響く。
 隣の部屋からは、数人の男たちの騒ぐ声が聞こえる。独り者同士仲良くしよう、などと慰めあう声も。壁越しにもはっきり聞こえる声にリュシアンは蒼褪めて己の口を枕へ押し付ける。

「さて、と。それじゃあそろそろ」
「……っん……」

 軽い調子のロドリグの声。言うなり、深く押し込まれていた瓶の口があっさりと引き抜かれる。震える窄まりからどろりと液体が零れ出て、太腿を伝う。露出させられたリュシアン自身へも流れて、その刺激だけで半ばまで亀頭がもちあがる。
 背後でジッパーの下がる音がする。ついで僅かな衣擦れの音。傷ついた窄まりへロドリグの昂ぶる熱が押し付けられる。強張る体への躊躇いや呼吸の間ひとつ置かずに、そのまま押し進められる。

「や、ぁ――――……! ああ、っ……」

 堪えようと思うのに、リュシアンの思いと反して顎先は上向き、薄く開いた唇からは細い悲鳴が零れる。更なる声が喉を突いて出ようとするのに、全身を貫く痛みにそれも凍る。
 決して逃すまいとロドリグの手が、リュシアンの細腰を強く掴む。そんなことをせずともリュシアンは痛みに身じろぐことすら出来ない。
 一息に奥まで突き入れられて呼気が止まる。リュシアンを気遣う様子を欠片も見せずにロドリグは腰を引き、すぐにまた奥まで突っ込む。その度にじゅぶ、と淫猥な音が立つ。口を押さえようとするのに突き上げられる度、苦しさから少しでも逃れようと顎が上向く。

「痛、い……嫌、あ、ぁん……、っふ、く……」
「あんまり大声で啼くなよ……。俺だけ楽しませれば良いんだから」

 隣の部屋の連中にまで聞かせるのか、と揶揄する声にリュシアンの頬を涙が伝う。耳をそばだててみれば、壁の向こうが急に静かになった、ような。
 ぐちゅ、ぢゅち、と音が立つようにわざと腰を動かすロドリグ。その度に傷が広がっていく。痛みが増える。それだというのにリュシアンの唇からは熱の篭った声が零れる。

「ふ、ぁ……ああ――……」

 不意に入口が強く断続的にロドリグを締め付ける。それに合わせて弓なりに反ったリュシアンの背筋が細かく痙攣するように震える。硬く張り詰めたリュシアン自身から精が放たれ、替えたばかりだったシーツや、膝を拘束するズボンに散る。
 くす、と耳元で笑の気配がする。涙に濡れた瞳で振り仰ぐと、可笑しそうに笑うロドリグの顔が見える。蝋燭の火に照らされた顔が、知らない人間のようで……どころか、魔物のようですらあって、恐ろしい。リュシアンが果ててもロドリグの腰の動きは変わらない。ただ己の快楽を満たすためだけに動いているようだ。

「もうイったのか。触っても、いないのに」

 嘲る言葉に反射的に唇が開く。否定の言葉、相手を詰る言葉、もう止めてくれと懇願する言葉。何ひとつ出てこない。出てくるのは僅かに掠れる艶めいた甘い声ばかり。聞いたこともない己の声に、リュシアンは身震いをする。
 壁の向こうでは聞き耳を立てる気配がある。数人が、息を潜めてリュシアンとロドリグの様子を伺っているよう。リュシアンが高く悲鳴を上げる度に、ささめきのように笑い声が起こる。
 部屋を空けることの多い冒険者同士とはいえ、隣人の顔くらいは互いに知っている。リュシアンの隣室には確か、三十台半ばのローグが一人暮らしていた。時折、お世辞にも柄が良いとは言えない男たちが出入りしているのを見たことがある。

「そんなに、他の奴らも悦ばせてやりたいなら、呼んでやるか」
「い、や……嫌です、止めて……っ」

 力の入らない体が痛むのも気にせずに暴れるリュシアンに圧し掛かりながらロドリグが言う。これ以上入らないところまで深く押し込まれて、拒絶の言葉も嬌声に変る。

「寂しくクリスマスを過ごしているお前たちに朗報だ。このアコサンタがお前たちにも一晩中奉仕してやるってさ。どうせ溜まってるんだろ?」

 隣室とを隔てる薄い壁をどん、と叩きながらロドリグが声を張る。一瞬遅れてどっと歓声が湧く。今から行く、と応える声は、既に酔いの回ったもの。
 恐怖に身を縮めるリュシアンの腰を抱き、ロドリグが不意に身を起こす。ぎち、とリュシアンの華奢な体が軋むような音を上げる。ベッドに座ったロドリグの上に貫かれたまま座らされるリュシアン。狭い肉の間に穿たれる熱が深すぎて、リュシアンは目眩を覚える。
 廊下に数人の男の足音が響く。中には既に千鳥足の者もいるようだ。乱暴な手つきで、ノックすることもなく扉が開く。赤い顔をしたローグたちが数人、にやついたまま入って来た。股間を己の精で濡らしたままロドリグに犯されるリュシアンを、品定めするように見つめている。
 品定めが終るや否やローグたちが口々に下卑た笑みと台詞を吐く。

「メリークリスマス」
「可愛いサンタさんのお陰で、今年のクリスマスは楽しく過ごせそうだ……」



end

















2005/12/25
 サンタコスの意味がない件について(´・ω・`)