おもいで。
俺の所属している「Celetite」はとっても小さなギルドだけど、ちゃんとしたギルドハウスがあります。とっても大きくて、庭なんて、ペコペコのために小屋を建ててやれるくらい、広いんです。しかも、格安。
場所はフェイヨンだから、狩りや買出しにはちょっぴり不便みたいです。
何で他人事みたいかって言うと、俺にはワープポータルがあるからです。プロンテラにも、他の街にも、これですぐに行けるのです。
フェイヨン式のテラス(エンガワ、でしたっけ)はそのまま、ギルドのたまり場になっています。昼食を食べ終わって、のんびり、飼いペコペコのぺこと日向ぼっこです。
ぼーっとしてたら、急に頭上から声が降ってきました。
「ミミル。ユベールが、支度にもう少しかかるから待って欲しいと言っている」
「あ、はいですよ。ここでぺこと一緒にぼんやりしてるです」
「了解。伝えておく」
必要最低限の言葉だけしか口にしない、一見ちょっとだけ怖そうな顔のアルケミストさんが、このギルドのマスター・コルネーリオさんです。声も淡々としてて誤解されやすけど、本当はすっごく、やさしい人なんです。
そういえば俺がこのギルドに入ったきっかけも、相方……のユベールと出逢ったきっかけも、マスターとお会いしたからでした。
わ……。
更にそういえば、俺がCeletiteに入ってから、もう一年と半分が経ちます。びっくりです。ていうことは、ユベールやマスターと出会ってからも、一年と半分ですよね。
なんだか、すごいです。素敵です。
マスターが奥へ引っ込んでいく足音を聞きながら、ついつい、初めて会ったときのことに、思いを馳せてしまいます。
* * *
あれは、俺がまだ転職する前のことでした。
後回しにしてきたニューマをようやく覚えたくらいだから、たぶん、もうすぐ追い込み!って感じだったと思います。
クワガタさんとか、エルダーウィローさんとかをちまちま殴っての地道な狩りから一転、初めての玩具工場突撃だったので、とっても緊張していました。
支援アコなら臨時とかでお友達をつくって、一緒に狩りをしていれば良かったのかもですが、俺は殴りプリ志望だったので、引け目を感じて、ずっとソロだったです。
あ、でも、ソロっていってもずっとぺこが一緒だったから、そこまで寂しくはなかったです。ペットフードに事欠く日もありました、けど。
「ふわ〜……雪ですよ、ぺこ」
ルティエについたときなんて、もう、珍しくて。緊張してるのも忘れて、ぺこと一緒にはしゃいでしまいました。ゆきだるまも、見よう見まねで作ったりしました。
……本もののゆきだるまさんに、笑われてしまいました。
雪でたっぷり遊んでから、いよいよ玩具工場に突撃しました。
一階をうろついていた緑色のクッキーさんを殴ってみます。ちょっと痛いけど、倒すのが辛いってほどでも、なさそうです。
WPの前でニューマを出す練習をしたりして、準備万端。
ちょっとだけ安心してから、いよいよ本番、二階です。
「クエっ!」
ぺこも、励ますみたいに鳴いてくれました。
気合を入れて、ぎゅっとチェインを握ります。お金をためて過剰精錬したやつです。といっても、聖堂で買ったやつですけど……。
「わわわ」
ベルトコンベアの上は歩きにくくて、すぐバランスを崩してしまいます。また、転びかけてしまいました。ぺこがさっと前にきて、俺を受け止めてくれます。
こういうやさしさに、いっつもクラクラってくるです。
「ぺこ、ありがとですよ」
「クエクエ〜!」
くちばしを上に向けて、また、ぺこが鳴きます。
親密度はMAXなんですけど、ぺこは人の言葉を喋れないみたいです。最初は心配してたけど、言葉なんて喋れなくても俺はぺことお話できるから、問題ないんだなって、思えるようになりました。
遠くから、赤と黒の細長い人形が近づいてきます。
えっと、クルーザーさんですよね。来る前にちゃんと予習してきました。
狙いをつけられる寸前に自分の足元にニューマして、今度は立ち止まったクルーザーさんの側に。そこまでダッシュで駆け込みます。ぺこに危害がくわえられることはないから、ちょっと安心なのです。
神さまの力が、弾丸から護ってくださいます。ちょっと卑怯な気もしますけど……自力で避けられるようになるまでは、勘弁してください。クルーザーさん。
「クエックエクエ〜ク、エッ!」
側でぺこが応援するみたいに鳴いてくれます。
その声だけで何だか、力が湧いてくる気がするです。
「っ」
ニューマを張りなおす瞬間に、クルーザーさんの弾丸が、腕を掠めます。エルダーウィローさんたちの攻撃とは比べ物にならないくらい痛いです。
痛いのは、苦手です。
でも我慢なのですよ。
にじみかけた涙を袖でぬぐって、再びクルーザーさんに向き直ります。
もうすぐ追い込み、というレベルでも、まだまだ俺には力が足りません。最初のクルーザーさんを倒す前に、一体、また一体と、クルーザーさんが増えて、四体になってしまいました。
泣きそうになるのを必死でこらえます。
泣かないって、決めたですから。
ずっと笑ってるって。
どんなときも笑うって決めたら、泣いたらだめなんです。
ぺこも、応援してくれてます、から。
でも。
「わわわ、回復したらだめですー!」
緑のクッキーさんが二体、クルーザーさんにヒールしだしました。ブリキのおもちゃ……に見えますけど、やっぱりクルーザーさんも攻撃されて痛かったんでしょうか。ちょっとだけ胸が痛いです。
なんて思う余裕は、そのときにはなかったです。
涙目になりながらクルーザーをぺちぺち叩いていたら。
不意に、クルーザーさんへのヒールが止まりました。
「う……? うう?」
ニューマを張りなおしながら、ちらっと見たら、知らないアルケミストさんが緑のクッキーさんをチェインではたき倒していました。見た目は同じチェインなのに、威力が全然ちがいます。
あっというまに緑のクッキーさんを二体とも倒しちゃいました。汗ひとつかいてないって感じで、かっこいいです。銀色の髪がうっすら紫がかって見えるのは照明のせいでしょうか。美人さんです。
あ、見とれてる場合じゃないんでした。
ニューマを何度も張りなおしながら、一体ずつクルーザーさんを倒していきます。回復されないから、さっきに比べたらかなり楽です。
なんとか三体とも倒し終わったときには、HPもSPもぼろぼろのギリギリでしたけど。その場にへたりこんで溜息ついて、額の汗を拭って……わ、さっきの美人アルケミストさんが、まだこっち見てます。
えっと、えっと。
俺、もしかして溜め込みしたとか、思われてたりするんでしょうか。
謝った方が良いのかな。
あでも、もしかしたら、ただ見てるだけかもですし!
でもなんだか、ちょっぴり怒ってるみたいですし!
なんて、頭の中ぐるぐるさせていたら。
「ポーションはあるか」
「ふえ?」
「ポーションはあるかと聞いている」
よく切れる文化包丁みたいな声で突然きかれました。突然だから、もう、びっくりして内容がちゃんと頭に入らないっていうか、何いってるんだろう、みたいに思ったりして、硬直してしまいました。
「あるなら、投げてやる」
「え? ええええ!?」
投げるって何をでしょう。
ま、まさか俺をですか!? 俺がいくらちびっこくても、さすがに美人アルケミストさんの細腕じゃ投げられないんじゃないかなって思うですよ、はい。
「……ポーションピッチャー」
文字通り頭を抱えて考えこんでた俺に、呆れたような声がかけられました。腕をおろしながら見上げたら、やっぱり不機嫌そうなお顔です。
で、でもでも、こうして回復してやろうか?なんて聞いてくれるってことは、俺に不満があるとかじゃ、ないですよね。ね。
あ。でも。
「ポーションピッチャーって、パーティ組むか、同じギルドにいないと、使えないんじゃないでしたっけ」
ぽつりと漏らした疑問に、アルケミストさんがギロっと睨んできます。あ、いえ、睨んだっていうか、えっと、ちょっとだけ目つきが怖いからそう見えたってだけで、ただ何気なく見ただけだと思うです。た、たぶん。
小さい頃お気に入りだったビー玉みたいに澄んだ、ちょっぴり冷たいアルケミストさんの瞳。見上げる俺の顔が映ってて、綺麗です。怖い人じゃないかも、なんて。現金なこと、思い始めました。
「そうか」
長いこと沈黙していたと思ったら、また唐突にぼそって、アルケミストさんが口を開きました。無表情のままポンって、手を打つ仕草が、ちょっぴりかわいかったです。
「失念していた」
い、意外とお茶目さんかもです。無表情なお顔と声なのに、ちょっぴり照れてるみたいです。そう思うと……わ、すごく、かわいいですよ。
「ならば、これで良かろう」
「う?」
差し出されたバッチの受け取りを、反射的に承諾しました。
あおい青い空に、うっすらと白い雲が流れてる、春めいた色彩。右上のところには「C」って黒い字で書いてあります。きっと、ギルドのイニシャルですね。
――って。
「こここここれ、エンブレムじゃないですか!」
「それが何か」
「何かっていうか、えっと、どこもかしこも問題っていうか」
「問題点の指摘は簡潔かつ明確にしたまえ」
「こういうとき、普通はパーティ要請するんじゃないかなー……とか……」
アルケミストさんがあんまり自信満々だから、つい弱気になっちゃいます。それにしても綺麗な人です。肌白いなあ。製薬さんかな。でも、さっきの戦闘からすると、やっぱり戦闘ケミさんかも。
よわよわな俺の発言にアルケミストさんは初めて笑ってくれました。
「新規にパーティを作るのが面倒だ」
下から見上げてる所為もあると思うんです。
で、でもでもでも、めちゃくちゃ、すっごく、怖い、です……。
こういうの何ていうんでしたっけ。えっとえっと、「腹にいち物もに物もありそうな」とか、「触らぬ後の祭り」とか、「とらぬスモーキーの焼き芋パーティ」とか。あれ、何か違うかも。……こ、ことわざは苦手なんですっ。
「それとも君が、今この場で直ちに、素敵に無敵に魅力的な名前のパーティを考案・作成してくれると言うのかね」
あ、初めてちょびっと、装飾的な単語が混ざりました。もしかして、今、さっきよりもご機嫌……なんでしょうか。
それにしても、こんなに長い言葉をほとんどノンブレスで言えちゃうってすごいです。俺だったら、途中で噛んじゃいそうです。
「え、えっと。でも、ですね」
「君は、ギルド加入を頑なに禁じるような教えのある信仰の持ち主か?」
「そんな信仰、聞いたことないですよう」
「では、無所属であることに思い入れ、あるいは執着があるかね」
「と、特にないです」
それ以前に、ギルドがどうこうって、考えたことなかったです。
殴りプリが集まるギルドなんかの噂も聞いたことあったですが、俺はまだまだアコだし、ギルドなんて無縁だし……みたいな、そんな感じで。無所属でいることに不満もないけど、未練もないかな、とか。
「ふむ……。では、エンブレムのデザインが気に入らないのか」
どうしてそうなるんですか!?
なんて、この人にツッコミを入れるのは、まだちょっぴり怖かったので、やめておきます。触らぬ何ちゃらにホニャラララです。あ、えっと、殴りアコでINTが低いからって、ことわざちゃんと覚えてないわけじゃないですからね。ね。ほ、ほんとですよ?
「気に入らない点があるなら」
「ああああの、デザインはまったく問題ないというか、むしろ好きですからっ」
「そうか」
あ。ちょっぴり満足そうです。
アルケミストさんがデザインしたんでしょうか。だとしたら、見かけによらず結構、やさしい人かもです。すっごく綺麗で、心が和む色したデザインのバッチですから。
「では、つけたまえ」
極端な人です。
でも、なんとなく、面白そうかもです。
人とお話することなんて、お店で物を買ったり売ったりするときだけでしたから。それだけでも、本当にうれしいなあ、なんて。ちょっぴり和みましたし。
さっきアルケミストさんも言ってましたけど、うん、断る理由、ないですし。むしろ入ってみたいなって気持ちなら少しずつじわじわ、侵略中だったりします。
でもでも。
踏み切れない理由はひとつだけ。
踏み切れない理由がひとつだけ。
手のひらに乗っけたバッチをにぎにぎしながら、アルケミストさんのお顔と自分の手元を、交互に見てみます。考え中、の信号なんです。ほら、黙ったまま俯いてると印象悪そうですし。
「……君は懐かしの『水飲み鳥』か?」
印象を変な方にやってしまいました。
み、水飲み鳥って、あれですか? 水を張ったコップの側に立たせておいたら、延々とくちばしを突っ込んだり抜いたりし続ける……。
……悪い印象は与えてなさそうだから、良いです、もう。
「で、どうするのかね」
急かす風でもなく、ただ確認してるだけ。そんな、ぜんぜん揺らぎのない声が尋ねてくれます。それ、ちょっと、うれしいですよ。
気になることはあるけど、このチャンスを逃さない内に、入っておこうかな。
そう思ったときなんです。
「ちょ、おま、くぉおおおる!」
ものすごーくよく通る大きな大きな大きな声と、地響きつきの足音とが、セットで。凄い勢いで。もう、なんていうか、間違えて殴っちゃったゴートさんも裸足で逃げ出す勢いで近づいてきています。あれ? ゴートさんはヤギさんだから、元から裸足でしたっけ。なんて首を傾げてる間にも音は大きくなります。
新手のストームナイトさんですか!?
逃げられるように準備しておこうかな。なんてズルいことを考えながら、ちょっぴり腰を浮かします。室内で土なんてないはずなのに、土煙が見えた気がしました。それくらいの勢いです。
えっと、BSさん……でしょうか。赤い髪が綺麗です。
……あ。進路にいた緑のクッキーさんが一体、はねられました。ぽーんって、天井高くまで跳んで、べちょって天井板に当たって、また落下しました。一発K.O.です。
赤髪のBSさんは気づいてないみたいです。床に落ちたクッキーさんが消える直前、泣いてるように見えたのは気のせい、でしょうか。BSさんはそのままアルケミストさんと俺のとこまできて、急ブレーキをかけて止まりました。
「なあにやってるんですか、あんた!」
「なんだ……、ユベールか」
「またトラブルですか!? トラブルなんですね!? トラブルなんでしょう!?」
「何もしていない」
「嘘でしょう。コルネーリオが一人で知らない人と話してトラブルがないなんて!」
い、いつもは何やってるんですか、この人。
……というか、お名前、コルネーリオさんって言うんですね。さっきBSさんが叫んでいた、えっと、「くおおる」とかは、愛称だったのかなあ。
BSさんが肩で息をしながら、コルネーリオさんと俺の方を交互に見てます。あ、そういえばコルネーリオさんが、さっきBSさんをユベールって呼んでました。きっとBSさんのお名前ですね。
「……って、もう、エンブレム渡してるし……」
がっくり肩を落としてユベールさんが言います。声がちょっぴり疲れた感じなのは、全力疾走してきたからでしょうか。お水あげたいけど、持ってないからごめんなさいです。
「えっと……君、良いんですか? こんな変な人の勧誘にかかっちゃったりして」
ユベールさんが心配そうに俺の顔を覗き込んでくれます。
おっきく開いた胸元に汗が薄くにじんでて、そこに刺青が覗いてて、色っぽいなあって、一瞬思ってしまいました。BSさんを間近で見るのって、初めてでしたし。
まるっきりの初対面なのに、大丈夫かなって、心配はあるですよ。
ギルドなんて初めてですし。
でも、何となく。怖そうだけどお茶目でやさしいコルネーリオさんと、ささやかなことを気遣ってくれるユベールさんがいますから。だから、きっと、大丈夫かなって。
「もし無理にバッチを渡されたなら、返却して構わないですからね」
ユベールさんが、またまた心配顔です。
そういえば返事をするの、忘れてました。
慌てて何度も頷いたら、ユベールさんが噴出してくれました。
それで、バッチをつけようとしたんですけど、手先が不器用だからもたついてしまいました。ユベールさんがさっとバッチを俺の指からとって、ささって、胸元につけてくれました。手品みたいです。
「わあ……。すごいですっユベールさん!」
「ユベール、で良いですよ」
呼びにくいでしょう?って、微笑んでくれました。気持ちの良い素敵な人です。コルネーリオさんは美人さんですけど、ユベールは可愛いなって感じだと思うですよ。
ユベールが微笑みながら手を差し伸べてくれます。握手かなって思ってそっと触れさせたら、ぎゅって握り返されました。そのまま、ひょいって引き上げられて、立たせてくれました。離しがたかったけど、そっと、手を離します。
改めて、向かい合います。
ぺこんってお辞儀して、その後でご挨拶しようとしてたんですけど、緊張しちゃって言葉が出てきません。わ、わ、どうしましょう。焦れば焦るほど言葉が出てきません。慌てすぎちゃって背中が熱いです。
どうしようって、おろおろして立ち尽くしてたら。
「ようこそ、Celestiteへ。これからよろしくお願いしますね」
ユベールが微笑みかけてくれました。このBSさんの微笑って、淡いピンク色のバラの花びらみたいにやわらかーで、素敵です。
「こここここちらこそっよろしくおねがしますっ」
「そんなに大したギルドじゃないから、かしこまらなくて平気ですよ」
ぽんぽんって、ユベールが頭を撫でてくれました。あったかで、気持ち良いです。噛んじゃってうまく言えなかった挨拶を気にしないでくれたのも、とても嬉しいのです。
ひとしきり俺の頭を撫でてからユベールは、コルネーリオさんの方を向きました。
「――で、マスター。こちらのアコさん、何て名前なんです」
「知らん」
………………。
そ、そういえば、俺、名乗ってなかったですね……。
えっと、あ、……そうそう。
コルネーリオさんが、マスターさんだったんです、ね。
…………だ、大丈夫かな、このギルドに入って……。
一気に、不安が増えたりもしましたけど。
「コォオオオルゥウウ」
「どうしたユベール。カルシウム不足か」
「名前も知らない人を勧誘するんじゃありませんって何度言ったらわかるんですっ」
「つまらぬコトを気にする奴だな。名前などさして重要ではない」
「重要ですよ! めちゃくちゃ重要です!」
「何だ、どうした。職位を『燃えるマリモ』に変えたのが不満か」
「不満に決まってんでしょうが。……ってそうじゃなくて」
……なんて。
こんな風に楽しそうな二人を見てたら、不安も吹っ飛ぶのでした。
その二人の胸元にもエンブレムのバッチが光ってて。
俺の胸元にも、おんなじのがあって。
おそろいだーって思ったら、すごく嬉しくてうれしくて。
気になることは、まだひとつだけ、残っていたんですけど。
そのまま、疲労しきってたのもあって、ばったり倒れてしまったでしたっけ……。
そのときに見た夢は、覚えてないけど、すっごく素敵な夢だったですよ。
* * *
「ミミルー。ミーミールー」
「ふぇあ!」
ちょっとどこかの爆弾扱ってる人たちが上げそうな声みたいなのを上げちゃいました。マスターたちとの出会いを回想してたら、いつのまにか寝てたみたいです。
ぼーっとしながら目をこすります。
その間にきょろきょろして、状況把握開始です。
ぺこがエンガワにうずくまってて、俺の枕代わりになっててくれました。暇だったのかな。ぺこも寝ちゃってます。ぺこの反対側では、あのときのBSさんこと、ユベールが俺を呼んでくれてます。
「おはよう」
「ぅゃ……。おはよございます……」
ほんわり、初めて逢ったときと同じ笑顔で、ユベールが言ってくれます。それに俺も笑顔を返します。あのときよりも、いっぱい、やわらかくなった笑顔だと思います。
ユベールは俺が、ぺこの前でだけ良い顔するって言ってますけど。
でもこの笑顔、ユベール専用ですよ。
大好きなぺこにだって見せたことないです。
……っていうのは、言ってあげないんです。お預けです。
俺だってたまには、いじわるくらいするんです。
「いくらぺこがいるからって、外で昼寝したらまた風邪ひいちゃいますよ」
「ん……だいじょぶです」
「ほら、体冷えてます」
「わわわわ」
ぎゅって、横からユベールが抱き寄せてくれました。
自分では気づいてなかったけど、寝てる間にだいぶ冷えてたみたいです。もうすぐ五月ですけど、今日はちょっと寒いですしね。
ユベールの体温がほんわり伝わってきてあったかで、しあわせです。
でも、でもでもでも、恥ずかしいですっ!
そりゃ、たしかに、目は覚めましたけど……!
「ややややですや、嫌っですっ」
「そ、そこまで嫌ですか……?」
仕方ないなあ、みたいに笑って、ユベールが腕を緩めてくれます。そろそろ身を離して、でも完全に離れるのはもったいなくて、ちょっとだけ、触れたままでいます。顔があっついです。
ユベールを、見上げたら。
何か恐ろしいものでも見るように、俺を見ています。……あ。俺というより、俺の後ろ、でしょうか。この感じだと。えっと、俺の後ろにいるのって……。
「クエ……」
「ぺ、ぺこ。待ってください、落ち着け、落ち着くんです! 話し合えばわかります!」
「クエ〜クエクエッ!!」
「うわあああああっ」
ぺこが、くちばしでつついてユベールに甘えてます。ユベールも、ぺこと遊んであげようとしてるみたいで、庭に走り下りていきました。ぺこも後をついていきます。
あ、きゅぴーんどかどかどかって感じの音が聞こえてきました。
ぺこも、ユベールには力いっぱい甘えるんですよね……。
「二人が仲良しさんなのはうれしいけど、俺を混ぜてくれないのがさみしいです」
「……なんだ君たち、まだいたのか」
「はいですよ。俺が寝ちゃって、二人が遊んでるです」
「雨が降る。止めろ」
「んん……そうですね。それも良いかもです」
マスターがまた後ろからとてとて来て、お話してくれます。
この場合の「雨が降る」は、もうすぐ雨が降るみたいだよ、ってことです。マスターはお天気を読むのが上手だから、よく予報してくれます。たいてい当たるです。マスターはすごい人なんです。えっへん。って、俺が威張ることでもないですけど。
えっとそれで、「止めろ」は、二人が遊んでるのをじゃなくて、狩りにいくのを、なのです。今日は寒いから、そこに雨が降って濡れたら風邪ひいちゃうかもで心配だって、言ってくれてるです。
一年半、皆で一緒にいたから。
最初は怖いなと思ってたマスターとも意思疎通できるようになりました。
「クエーエックエッ!」
「ちょ、ちょっと抱っこしただけじゃないですか〜っ!!」
「クエ〜!」
「いたたたた痛い痛いいたーいっ」
最初はよそよそしかったユベールとぺこも、すっかり仲良しさんです。
それに、
ユベールと俺は、相方兼、恋人……になれた、し。
って、これは恥ずかしくてなかなか、いえないですけどっ。
何はともあれ。
胸には今日も、お揃いのバッチです。
ギルドのエンブレムってなんだか、しあわせの証みたいです。
これをじーって眺めてたら、聞きそびれたこともどうでも良くなっちゃいます。
マスターは、どうして俺をギルドに勧誘したの?って。
風はちょっとだけ冷たいけど、日差しはぽかぽかで。
空は青くて、白い雲が流れてて。
皆、仲良しで。
これだけしあわせなんだから、もう、理由なんてどうでも良いやって。
思ってたら、また、うとうとしてきたのでした。
――ああ、しあわせだなあ……。
end
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