7.拘束

 アルカージィの部屋は汚い。
 ゴミ自体は少ないのに、何故だかやたらとちらかっている。
 その原因は主に部屋中に広がる大量の本と、怪しげな実験器具だった。相方のプリースト、ヴァレリオが定期的に掃除をしに入っているにも関わらず、気がつくと以前よりもものが増えているのだった。
 今日も、狩りには行かず、掃除にいそしんでいたのだが……。

「ヴァルー。ちょっとこっち来て」

 はたはたと手招きしながらアルカージィが言う。靴をはいたままベッドの上にあぐらをかいている。ヴァレリオにシーツが汚れるからと怒られても一向に直る気配のない、彼の悪い癖だ。
 散らばる本を一まとめにしていた手を止めてヴァレリオが振り向く。アルカージィの手元を見る。少し安物っぽい銀色をした何か。近づいてよくよく見ると、手錠だった。

「これって、玩具の収集品……だよな?」
「うん。そうそう。ユリウスがこの間、土産にくれたんだよ」
「ユリウス君が? 何でまた……」
「兄の好きなものをちゃんとわかってるんだから出来た弟だよね」

 明るい笑顔をして言うアルカージィに、ヴァレリオは重々しく溜息をつく。そんなものが好きなのか。それを弟に知られている兄というのは、それだけで問題があるのではないか。言いたいことはたくさんあるのに、あきれ返って言葉にもならない。
 何ともいえない冷ややかな空気に気づいたのかアルカージィも口を噤む。

「ま、まあ冗談はさておき」
「冗談を言っているようには見えなかったが……」
「まあまあまあ。ユリウスと相方君が玩具に狩りに行って拾ってきたって言うからさ、これだけもらってきたんだよ」
「もらったって、何に使うんだい?」

 自警団ごっこをして遊ぶ歳でもないだろうに。首を傾げるヴァレリオへ向けてアルカージィが抱きつく。ウィザード装束に包まれた背をあやすように撫でてやる。
 首筋に顔を埋めるようにしていたアルカージィが不意に耳たぶを食む。耳孔へと侵入してくる生暖かい感覚にヴァレリオは身をすくめる。

「っ、ア、アル……こら、」
「何に使うって、ヴァルに使うに決まってるじゃない」
「いや、何にって、そういう意味ではなくてだな」
「ちょっとだけ、じっとしててね?」

 淡く笑みを湛えた瞳が、間近に迫る。それだけでヴァレリオの頬が上気する。そんな目で見つめられたら逆らえない。悪魔の誘惑を撥ね退けることは出来ても、愛しい相方の誘惑を断ち切ることは出来ないのだった。
 朱色の手袋に包まれたヴァレリオの手をアルカージィがやさしく握る。僅かばかりの抵抗に身を引こうとするのを追ってアルカージィの顔が近づく。人形めいた整った顔が眼前にある。痛みを覚えるほど心臓が高鳴る。

「ん、……っ」

 与えられるのはいきなりの深い口づけ。口内をくすぐる舌の動きは久しぶりのものだった。僅かな罪悪感と密やかな期待とが入り混じる。
 ヴァレリオの体から次第に力が抜けていく。手錠の輪の片方がヴァレリオの左手にかけられる。次いでもう片方も右手に。それにすら気づかずにいる。

「ヴァル……」

 唇が触れ合うほどの至近距離でアルカージィが呟く。微かにかかる吐息でさえヴァレリオの熱を煽る。いつからこんなに強い欲情を抱くようになったのか。
 背中からゆっくりとベッドへ横たえられる。覆いかぶさるアルカージィの背へ腕を回そうとして、手錠の短い鎖にそれを阻まれた。

「アル。待って、」
「待てないもん」

 いつも冷たいアルカージィの指先が法衣の裾から入り込む。下から上へ撫でられた。そのまま胸の突起へと触れられるとヴァレリオの喉が反る。微かな悲鳴が漏れた。
 口元を覆い隠そうとヴァレリオが手を上げるが、叶わない。両手の自由を制限する身近な鎖を、アルカージィが指先一本で捕らえて引き止める。

「ヴァル、いっつも声隠しちゃうんだもん。たまには、全部聞きたい」

 拗ねたような口調と真っ直ぐに見つめる瞳とに、それ以上の身動きが出来ない。
 片手では手錠の鎖を固定したまま、もう片方の手は器用にヴァレリオの気持ち良いところばかりを刺激していく。時おりわざとらしく、良いところを外して触れられるのがもどかしい。

「っふ、ぁ、ああ……ん、っく、……」

 下着越しに自身をなぞられるだけで甘い声が漏れる。快楽に潤む瞳にアルカージィの心地良さそうな表情が映る。恥ずかしくてたまらない。なのに、愛しさに溢れたその顔を見ているとヴァレリオの胸にもまた愛しさが満ちるのだ。
 散々に焦らされた後で下着もおろされて直に指が絡められる。くちゅ、と小さな水音が耳に届く。己の零した露でアルカージィの指を汚しているのかと想像するだけで昂ぶりは一層強くなる。
 濡れた指が一本、ヴァレリオの入り口を這う。微かな感覚にさえヴァレリオの腰が揺らぐ。何度も何度も撫でられた後でようやく、指が体内へ入ってくる。
 時間をかけて一本ずつ増やされる指が愛しくもある。もどかしくもある。

「あ、う、……っつ、……ア、ル。も……」
「手、離すよ。隠さないでね?」

 念を押すようにアルカージィが言う。更なる刺激を望んでヴァレリオは頷いた。額に薄っすらと汗が滲み、くすんだ金の髪が幾筋かはりついている。
 ジッパーの下りる小さな音と、衣擦れの音が響く。
 取り出されたアルカージィ自身の先端が、よく解されたヴァレリオの入り口を何度か軽くつつく。早く、と訴えるように見つめるヴァレリオの瞳に気づいたのか、ゆっくりと体内へ押し入ってくる。

「――……っ、ん……、っう」

 アルカージィの両手に抱え込むようにして腰を掴まれる。興奮に、手に入る力が強くて、僅かに痛む。その痛みさえがヴァレリオには気持ち良い。
 ヴァレリオの反応を引き出すように途中で腰を引かれては、今度は先よりも奥まで押し入れられる。気まぐれにも思われるその動作がもどかしい。そのままどこかへ流されてしまいそうな己を繋ぎとめたくてヴァレリオは、アルカージィへと手を伸ばす。
 短い鎖が邪魔をして、抱きしめることも出来ない。

「や、ぁ、あ……アル。おねが、い。っん、う……。外して、くれ」
「外したらいつもと同じになっちゃうから、や」

 僅かに乱れはじめた呼気を隠すように余裕の笑みを浮かべてアルカージィ。けれどヴァレリオが手を伸ばして何をしようとしているのかを知っているのか、どうか。ヴァレリオの両手を戒めたままの手錠の鎖を己の首へかけるようにした。
 ヴァレリオの両腕の間で抱きしめられるようにしながら、アルカージィが再び前後に腰を揺らす。良いところばかりを突かれてヴァレリオの唇からは喘ぎ声ばかりが漏れるようになる。
 手錠の鎖がアルカージィの首を傷つけるのではと最初こそ気を遣っていたものの、やがてそんな余裕もなくなっていく――

 * * *

 まどろみから覚める。
 ヴァレリオの手から、手錠は既に外されていた。乱れたウィザード装束に身を包んだアルカージィの腕に抱かれて眠りこけていたようだ。先ほどとは逆だと思っただけで、頬が熱くなる。
 部屋の中は既に真っ暗になっていた。ギルドハウスの外からさしこむ僅かばかりの光だけが頼りの視界だ。月光の中で見る相方の寝顔は、見慣れているはずなのに妙に美しく見えた。
 手袋を外した指でそっとアルカージィの首筋に触れる。
 情事の間中ずっと鎖を支えていた場所一面に、擦り傷がついている。ゆるりと撫でると、眠ったままのアルカージィが微かにうなりごえを上げた。

(まったく。仕方のない奴だ)

 呆れた、と溜め息をついても、見つめるヴァレリオの瞳はどこまでも穏やかで愛しげなまま。指先で撫でてやりながら祈りの言葉を呟いて傷を癒してやる。
 傷に触れている間は眉間に皺の寄った寝顔だったのが、傷を全部治しきると安らかなものに変わったのがおかしくて、かわいい。
 アルカージィの頬へ一度キスをしてから、ヴァレリオももう一度目を閉じた。



end








2006/06/20
  そして「1.掠れ声」に続くのでした。