Motherlandのギルドハウス。 キッチンで紅茶を淹れながら一人、ヴァレリオは溜息をつく。 夕食も済んで、ギルドのメンバーは皆、狩りへ出かけたり仮眠をとりにいったりしている。例外はこうしてお茶の支度をしているヴァレリオと、部屋に引きこもっているアルカージィくらいだ。 お風呂に入ったばかりでまだ湿った金の髪を、指先で軽く弄る。ギルドを作るのだとアルカージィから打ち明けられたときのように心が落ち着かない。 「アル、また何かしてるのかな……」 天井を見上げながらまた、溜息がひとつ。 小さなお盆にティカップをふたつ置いて、ついでにクッキーを数枚のせた小皿も置く。それを慎重に持ち上げてから、ゆっくりと廊下を進み、階段を上る。 二階の廊下を突き当たりまで進むとアルカージィの部屋がある。 デフォルメされたドクロのマークがいくつかついたネームプレートに『この扉をくぐるもの、一切の望みを捨てよ』と、筆記体で書かれている。相変わらずのセンスに苦笑を漏らしながらヴァレリオは三回ノックする。 「はーい」 「良かったらお茶でもどうだい?」 「飲む〜」 「入るぞ」 ほっと頬を緩めてヴァレリオは扉を開ける。 部屋の中にはアルカージィが一人机に向かっている。ちらりと見ると、図と文字とが白い紙いっぱいに書き付けられて、散らかっている。 「……また何か怪しい実験でもしているのかと思っていたが……。珍しいな、勉強か?」 「失礼だなあ」 アルカージィが頬を膨らませながら顔を上げる。手近にあった紙の一枚をヴァレリオへ見せ付けるように差し出してくる。持ってきたお盆をアルカージィの机へ置いてから、ヴァレリオはそれを受け取った。 「四十八手……計画書……?」 「そうそう。よく出来てるでしょう」 「何だい、これ」 ぐちゃぐちゃと線が複雑に絡み合う図と、その周囲に書き散らされた小さな文字。よく見ると図は、二人の人間が絡み合っているように見えなくもない。 真剣な表情で見つめてみる。 アルカージィはこう見えても、ヴァレリオの知らないことをたくさん知っているから、意外と真面目な勉強なのかもしれない。そう思っては見るのだが、やはり判別不能だ。 「あのね、四十八手って、大昔にアマツで流行ってた格闘技の技の種類らしいんだけど……」 「ああ……、今度はアマツの民俗でも勉強しているのかい?」 「ううん。その四十八手にあやかってね、四十八の体位のことも」 「…………」 アルカージィの言葉を聞いた瞬間、ヴァレリオは手にしていた「計画書」とやらを即座に握りつぶした。それはもう、再び広げようとするのが躊躇われるほどに力いっぱい。 「四十八手って言うんだけど……」 「………………」 「……えっと……」 ヴァレリオの顔が引きつるのを見てアルカージィがとうとう言葉を止める。他人の目など気にせず我が道を行くアルカージィのこうした状況は極めて珍しい。 「アル……」 「は、はい!」 ヴァレリオが低い声で名を呼ぶと、何故だかかしこまってアルカージィが返事をする。ぴんと背筋を伸ばしたアルカージィの膝に、握りつぶした「計画書」をヴァレリオが落とすようにして返す。 気おされたアルカージィが逃げるようにそろそろと視線を逸らす。それを許すまいとヴァレリオはアルカージィの顎先を指先で捉えた。 「珍しく真面目に勉強をしているかと思えば……」 「えー。この計画だって、超真面目なのにー」 「良いから、ちょっとそこに座りなさい」 「もう座ってるもん」 「揚げ足は取らなくてよろしい。良いか、アル。こういう……、その、性的なことはあまりオープンにすべきじゃないというか、だな……。計画書なんて……、ええと……」 真面目な顔を保とうとしながらもヴァレリオの頬は次第に赤く染まっていく。アルカージィと関係をもつようになって数年が経つというのに未だに免疫が出来ていないようだ。耳元まで薄っすらと赤くなったヴァレリオを見てアルカージィがにんまりと笑む。 不意に首を伸ばしたアルカージィの唇がヴァレリオの唇を塞ぐ。 「こ、こら、アル……!」 アルカージィの顎先を捉えたままだった指先が驚きで離れる。そのまま身を引こうとするヴァレリオの顎先を、今度は逆にアルカージィが捉える。身動きが出来なくなったところで再びアルカージィが口づけた。 耳の先まで赤くなって慌てるヴァレリオの背を、アルカージィの手が引き寄せてくる。足を踏ん張るには体勢が悪い。椅子の背へ手をついて何とか体を支えようとする。 体を離そうとするヴァレリオの臀部へ、アルカージィがすっと手を滑らせる。 「……っ」 「ヴァルのお尻って、触り心地最高だよね……」 「そういうことは二人きりでも言うものじゃない!」 「二人きりのときじゃないと言えないじゃない」 「え……。い、意外だな。アルが他人を気にするなんて……」 「だって、他の人の前でそんなこと言って本当に触ろうとしたら嫌じゃない」 「……そんなことするのはお前くらいだ」 呆れたように呟くヴァレリオの唇へ再び、アルカージィがキスをする。すぐに離されるかと油断していたところへ不意に、アルカージィの舌先が唇を割り入ってくる。 微かに肩を跳ねさせるヴァレリオをアルカージィが抱き寄せ、膝の上に座らせる。その間にも絶え間なく口づけはくりかえされる。アルカージィの手のひらが臀部を這い回る感触にヴァレリオの瞳が潤んでいく。 「ア、アル……?」 「うん。計画書なんて、ってヴァルの言葉、よくわかったよ」 「そ……、そうかい?」 ほっとした様子のヴァレリオに、アルカージィは満面の笑みを浮かべて頷く。 アルカージィの指先がつい……っと臀部の合間をくすぐるように撫でてく。ヴァレリオが背を反らす。服の上からだというのに、どうしてこんなにも生々しく感触を感じるのだろう。微かな熱が下半身へ溜まっていくのを、ヴァレリオは感じた。 羞恥に俯く顔へ、アルカージィが何度も口づける。その口づけ方は前戯のように色めいていて、ヴァレリオは戸惑う。 「え……、ええ……?」 「まずはこの『乱れ牡丹』っていうのやってみようと思うんだけど、どうかな」 「ど、どうって……」 計画書なんて作るものじゃないとは言った。言いはしたが、実践しろとは言っていない。そもそもヴァレリオはそれほど体を重ねることに執着がないのだ。それは、勿論、アルカージィとするのは気持ち良いとは思うが……。 「ヴァルの言葉でわかったんだ。僕が間違ってたよ」 ヴァレリオの耳たぶを口に含みながらアルカージィが囁く。その声にまた、ヴァレリオの背筋をぞくりと快楽の予感が走り抜ける。 「計画書なんかより、実際に試していく方が断然良いよね!」 全然わかってないじゃないか! 叫ぼうとして開いた唇からアルカージィの舌が深く入り込んだ。…… * * * 翌日。 昼を過ぎても起きられないヴァレリオの代わりにとキッチンに立ったアルカージィを、Motherlandのメンバーたちが青ざめながら止めにかかった。同居ギルドのAngelightの面々は他人のふりを決め込んで、その光景を肴に宴会を催したという。 end
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