人影もまばらなプロンテラ大聖堂。 礼拝席の隅に、一人のプリーストがぽつんと腰掛けていた。青白く透きとおるような日焼けの跡のない肌に、滑らかな絹糸のような銀の髪が美しい。伏せられた瞳は、海の色を映しこんだような深い青をしている。 きちんと揃えられた膝の上には古い聖書が置かれている。硬い黒の表紙は、長年大切に読み継いで来た所為でぼろぼろだ。その上へそっと置かれた細い白い指が緩く組まれている。 長い無言の祈りを終えたところで、そのプリーストは顔を上げた。横から己の名を呼ぶ声が聞こえたのだ。夢から覚めたばかりのような心地で視線を巡らせると、己の先輩にあたるヴァレリオが常のとおりのあたたかな笑みを浮かべて、近づいてくる。 「……ヴァレリオ……」 「こんにちは、カイン」 カインの呟きに応えるようにして、ヴァレリオがもう一度挨拶をくりかえす。ゆっくりと席を立ちながらカインも頭を下げて挨拶を返す。硬かった表情も、ヴァレリオと言葉を交わしだすと自然と和らいでいく。寒さの厳しい日に外から帰ってきて暖炉の傍へ寄ったときのような心持だと、カインは思う。 「こうしてちゃんと顔を合わせるのは、あのテロがあって以来、かな?」 「っ……!」 「……カイン?」 テロと聞いて、カインの脳裏にいくつもの情景が浮かんでは消え、また浮かんでは混じりあう。喉の奥から押し殺された微かな悲鳴が漏れた。 呼び出された魔物たちに無残に傷つけられた一般市民たち。敵わぬと知りながら街を守るために立ち向かい、命を散らしたまだ年若い冒険者たち。息のある者たちを収容した大聖堂の、地獄の如き様相。そこで治療を施す己の姿。無理強いばかりをする大きな手のひら。いやらしい笑い。体と共に魂まで引き裂かれていくような痛み。恥辱の果てにあった快楽に喘ぐ浅ましい己の姿。 大規模なテロがあってから数ヶ月。年も改まり、市内には復興のムードが強い。未だに避けがちではあるが大聖堂と下宿とを行き来できるようにもなった。もう大丈夫だと自分に言い聞かせながら過ごしてきた。 だというのに、今こうして青ざめ、ヴァレリオに肩を抱かれて心配されている己は一体何なのだろう。大丈夫なはずなのに。カインの中に苛立ちが生まれる。悔しさとも、怒りとも、悲しみともつかないそれは胃を焼き、喉元までせりあがってくる。懸命に呑み込もうとしても上手くいかない。 大丈夫なはずなのに。なのに何故、テロと聞いただけで、こうも過剰反応してしまうのか。カインの中で己を責める声ばかりが木霊する。この数ヶ月、枝テロ犯のローグの姿がカインの周囲に現れることはなかった。それどころか、他の人々が目撃したという情報も、ついぞ入ってこなかった。 大丈夫な、はずなのに。 もう終わったことの、はずなのに。 体は魂は、未だにあのときのことを、昨日のことのように鮮明に覚えている。 「は、なして――……っ……!」 喉の奥から搾り出すようにしてようやく、か細い声が口から漏れた。闇雲に突き出した手がヴァレリオの頬へ当たる。驚いた風に目を瞠るヴァレリオが見えた。あ……、と小さな声と共にカインは肩を落とす。己の手を呆然と見つめながら立ち尽くす。 テロの起こったあの日の夜ローグに陵辱されて以来、人に触れられることが恐ろしくなった。日に日にその思いはカインの奥へもぐりこんでいき、その分余計に強さを増していくようにすら思える。 「……申し訳、御座いません……。少し、動転した、ようで……」 「いや、大丈夫だよ。俺の方こそすまない」 カインの弱々しい声に、ヴァレリオは曇りがちな笑みを浮かべて首を振る。何故、と聞かないのは彼の優しさと気遣いなのだろうと、カインは内心で感謝を捧げる。 いっそ彼に何もかもすべて打ち明けて、泣きついてしまえばどうだと、心の奥底で声がした。大量の酒とタバコと男とにどっぷり浸かって、教会の問題児だの恥さらしだのと陰口を叩かれていたアウレーリエにさえ、ヴァレリオはあたたかく誰とも違わぬ態度で接していた。ならば己も。 己の中からの卑しい囁きにカインは余計に吐き気を強くする。喉元を押さえるようにして俯き立ち尽くすカインに、ヴァレリオは眉根を寄せて心配顔で立っている。 「水を、持ってこようか? 顔色がだいぶ悪い」 「いえ……大丈夫、です。少し気分が優れないので、申し訳ないのですが、これで失礼致します。また、いずれ……」 「なら家まで送ろう――」 かけられる気遣いの声を振り切るようにして、聖書を片手にカインは震える足で大聖堂の外へ出た。外の冷たい風に頬を撫でられると僅かに気が楽になる。けれど、一歩進むごとに今度は耐え難いほどの恐怖が襲ってくる。道行く人々の合間にローグの衣装が見えるだけで、未だに足が竦む。 ふらふらと倒れこむようにして細い路地に足を踏み入れる。薄暗く不衛生で、以前ならば決して通らなかっただろう道。それでも今は、人の視線の届かないところに身を潜めていたかった。 壁に背を預け、やけに重たく感じる聖書を手に、カインはようやく息をつく。大通りに程近い路地裏は世界から隔離されているようでもの寂しいが、今のカインには心地良くすらあった。このまま気が鎮まるまでここにいようと、混乱の残る頭で考え、溜息をつく。 不意に足音が近づいて来るのが聞こえた。 身を強張らせながらもカインは居住まいを正す。壁から背を離すと、その場に膝をついてしまいそうだった。それでも青ざめた顔を上げてきちんと前を見る。足音の主が通り過ぎるまでの辛抱だと言い聞かせ、気力だけで身を支える。 昼間でも薄暗い路地の向こうから姿を現したのは、黒髪の騎士だった。あのときのローグを思わせる体格の良さが、甲冑を身に着けぬ軽装の所為で余計に目立つ。 ゆっくりと前へ進みながらカインはすれ違うときを待つ。すれ違い、この騎士が大通りへ出て行けばまた、立ち止まれば良い。願うように思いながらカインは足を無理に動かす。 「おい。あんた」 「はい……何か、御用ですか?」 「ふうん……?」 「……私の顔に何か?」 急に呼び止められての不躾な視線に、カインは居心地悪そうに視線を伏せる。少し距離をおこうと一歩後ずさる。騎士が手を伸ばしてカインの顎を掴む。繊細な顎のラインへ指を食い込ませるようにして、顔を上げさせる。それだけの動作でも骨が悲鳴をあげそうになる。 頭ひとつ分以上も背の高い騎士と目を合わせることを強要され、喉が痛む。息が苦しい。瞳を歪めて首を振ると、騎士は無造作にカインの襟元へ指先を差し入れ、強引に緩めてしまう。黒色の法衣の下から覗くのは、あの日からずっと外せずにいる首輪。 人目に晒したくなどないのに強引に暴かれる不快感が恐怖と入り混じり、また吐き気を催す。嫌だと心の中で叫ぶ声が聞こえる。 「低めの背に、白銀の髪、青の瞳。首に、ロザリオの代わりに犬用の首輪、と……。あんたが噂のカインだろう?」 「うわ、さ……?」 「ビンゴか。たまにはちゃんとしたネタも混じってるもんだな」 「何のお話だか、私には……」 「あんたが大聖堂で犯されて気持ち良さそうによがってる写真、いっぱい貼られてたよ。初めてなのに無理矢理されて感じちゃってたんだってね。淫乱のカインちゃん」 「っ……!」 知ってるよ、とねっとりとした声が耳元で囁く。それだけで背筋が凍る。強張る体に身じろぐことすら出来ないのに、写真?と疑問ばかりが頭の中を埋め尽くしていく。 固まったまま動かなくなったカインを見やり、騎士はおかしそうに低い笑みを漏らす。証拠を示すかのように、懐から取り出した紙片を目の前に突きつけてきた。薄暗い所為でやや写りは悪いが、被写体がカインであることがはっきり見てとれた。 大聖堂の廊下で立ったまま後ろから犯されるカイン。血と精の入り混じった白濁液を臀部の合間から零して放心しているカイン。陵辱者のモノを口で清めさせられてているカイン。昂ぶった自身を己の手で慰めているカイン。入り口に幾本もの枝を咥え込まされて涙を零すカイン。首輪をつけられるカイン。 あの日のカインの姿が写真の中に封じ込められていた。その一枚ずつを、見せ付けるようにゆっくりと出される。六枚目を超えたあたりでカインの意識は霞む。よろめいた体が倒れこむ先には騎士の胸がある。足から力が抜けて座り込みそうになると、首輪を掴まれて強引に立たされた。 「ど、うして……。どこで、このような……」 「普通に暮らしている奴らでは夢にも思わないようなところ。自分のやったことを見せびらかしたい奴と、こういう写真の欲しい奴。次の獲物に良さそうな奴の情報を探したい奴。そんな奴らばっかり集まる場所も、世の中にはあるのさ」 「……嘘、です……」 「この写真は写りも良いし、あそこに集う連中の嗜好ストライクだから、かなりの枚数が捌けてるはずだ。提供者はだいぶ儲けただろうよ」 騎士の言葉を聞く内に、元より白かったカインの顔から余計に血の気がひいていく。触れ合わずともわかるほどに体が小刻みに震える。 カインの怯えを間近で感じ取ろうとするかのように騎士が耳元へ唇を寄せた。喉の奥でまた、引きつった悲鳴が詰まる。 「写真、返して欲しい?」 「っ、返して、ください……。そんなもの、どうして、……返して……」 涙まじりの震える声で懇願するカインに、騎士はまた笑う。笑い方まであのローグに似ている。伊吹といったか。 伊吹。その名を心の内に浮かべるだけで、以前には知らなかったどす黒い感情が浮かびそうになる。そんな自分までが恐ろしい。 カインの耳たぶへ前歯を立てながら騎士が囁く。 ――返して欲しければ、わかるだろう? わかりたくない、とカインは首を振ろうとする。それすらも、首輪を掴まれて叶わない。ぐいと引き上げられ、顔が上向いたところで頬を平手で打たれる。手加減はしてあるのだろうが鈍い痛みが、衝撃に遅れてじんわりと伝わってくる。 「大人しく言うことを聞くのなら、痛くしないでやるよ。ついでに、写真も返してやるし、買っていった奴らから回収してやらなくもない。俺を楽しましてくれたら、提供者へ写真を出すのを止めるように交渉してやっても良い」 耳孔に低い声を流し込まれカインは身震いをする。 恥もプライドも何もかも捨てて、恐怖に泣き叫びたくなる。それを押し留める最後の一枚が何なのか、カインにはわからない。それでもまだ、負けたくない、堕ちたくはないと踏みとどまる自分を、どこかで感じている。 「貴方、に……少しでも慈悲の心があるのなら、どうか……」 「あるように見えるか?」 「……あ、……っ」 緩められた襟元から胸の中ほどまでを肌蹴させられ、身を硬くする。グローブをつけたままの騎士の手が胸元を這い回る。その不快感に眉を顰めるより前に恐怖が蘇り、カインは小さく悲鳴をあげた。 触れられたところから順に肌が粟立ち、無言で拒絶する。そんなことを気にした様子もなく騎士の手は我が物顔で肌の上を闊歩する。 歯を食いしばって悪寒に耐える内、反応が鈍いのに飽きたのか騎士はようやく手を離す。膝をつきそうになる体を突き飛ばされ、壁際へ押しやられる。積んであった空の木箱に肩がぶつかり、いくつかが石畳の上に転がった。 カインが音に身を竦ませている間に騎士の手が、慣れた様子でプリーストのズボンと下着とを引き摺り下ろす。触れる外気の冷たさにカインはようやく我に返るが、身じろぐことでしか抵抗を示すことすら出来ない。 ひたり、と冷たく硬い感触がカインの頬へ押し当てられる。横目に見やればぼやけた視界に小瓶が映る。あの日に見たのと似ている。弾かれたように逃げようとするのを、腰に回された騎士の腕が阻む。露出させられた臀部に当たる騎士のモノは既に硬い熱を伝えてきている。 「このまま突っ込んで痛い思いをさせることも出来るんだからさ。文句言わないで楽しんじゃった方が、あんたも良いだろ。……ああ、そうか。カインちゃんは痛くされるのが好きな変態なんだっけ?」 「違い、ます……。お願いですから、もう許して、ください……」 「許すも何も、まだ何もしてないだろう。痛いのが嫌ならこの瓶を自分でケツに突っ込んで解しな。変態アルケミストが手前の兄貴のために作ってる薬の、試作品だとさ」 「薬……?」 聞いただけでカインの瞳に恐怖が浮かぶ。意に介した様子もなく騎士は小瓶をカインへ押し付ける。震える指で瓶を受け取る。そのまま地面へ叩きつけたくなる衝動を難なく抑えるのは、騎士への恐怖。今でもカインを離れない、伊吹の視線。 けれどその瓶の口を開けることさえ出来ずにいる。硬直したカインに苛立った騎士が、叩きつけるように地面へ突き飛ばす。よろめく間すら与えられずにカインは背を石畳に打ちつける。細長く切り取られた青い空が遠く眩しい。 「早くやりなよ。瓶をちゃんと全部突っ込めたら一枚、その瓶でイけたらもう一枚、返してやるよ。……どうした、やらないのか? あんたが写真いらないなら、これを大聖堂か噴水前あたりでばら撒いてくるぞ」 どうする、と尋ねながら騎士が何枚もの写真を扇形に開き、カインへ見せつける。一枚でも奪おうと手を伸ばせば、その手の甲をしたたかに打ち払われた。 「いくら淫乱だからって、順序くらいは守ろうぜ」 「……酷い……」 「俺はあんたみたいなお綺麗なプリーストさまとは違って、タダで何かしてやろうなんて思わないもんでね」 皮肉な口調で綺麗な、と揶揄する騎士の姿が、浮かぶ涙に滲む。カインの持つ瓶に騎士の手が伸びる。肩をびくつかせるのには構わず、小瓶の口を開ける。淡い桃色をした液体から、毒々しささえ感じる甘ったるい匂いが漂ってくる。 吐き気を堪えていると騎士の手がカインの首輪を掴み、引き起こす。露出した腿の肌が石畳にすれて傷ついていたが、その痛みもわからない。 「零すと勿体ねえから、座ってやりな」 有無を言わさぬ口調に、カインは仕方なく己の臀部へ瓶を近づけていく。もう片方の手を石畳につき上体を僅かに前へ倒しながら、瓶の口を双丘の合間へと触れさせる。おぞましい感触が蘇った。体が強張る。 懇願するように顔を上げると、騎士が手にした写真をひらつかせて笑む。覚悟を決めてカインは顔を伏せた。 奥歯を噛み締めながら、ぐっと瓶を押し付ける。瓶の口径はカインの指の二本分はあるだろう。ぬめつく液体が入り口や瓶の口を濡らしてはくれるが、受け入れることに慣れない体から痛みを減らす助けにはならない。 「っ、い――……」 「まだ瓶の頭も入りきってないじゃないか」 「見ない、で……っ」 木箱のひとつを引き寄せて腰かけ、騎士がカインの全身を眺め回す。カインがきつく眉根を寄せて瓶を少しずつ体内へ押し込んでいくのを、笑いながら見つめている。 硬いガラスに急にこじ開けられた体が痛みを訴える。不意にカインの手が止まった。小瓶は入り口から緩やかに口径を増していき、中ほどで不意に太くなっている。比較的細い部分までしか、体内へ収める勇気がなかった。 慣れない手で無理矢理に瓶を突き入れた所為で、入り口や周囲の壁に傷がついた。入り口が異物を押し出そうときつく収縮して余計に痛む。 「ん、……っふ……」 石畳についた手が痺れて力が抜けた。がくりと体が揺らぎ、腰を高く掲げてひれ伏すような姿勢になる。瓶を満たしていたピンク色の粘液がとろとろと、体内を伝うのがはっきりとわかる。ひくんと入り口が瓶を締め付けると鈍い痛みに全身が凍る。 とろみのついた液体はひどく冷たく、そのくせ次第に熱くなってくる。それはすぐに疼きへと転じていく。まだ瓶の届かない場所が痒くて堪らなくなる。入り口が物欲しげにひくついては、足りない太さに切ない疼きを訴える。 「い、や……。嫌、嫌です――……こんな……」 「そんな良さそうな顔して嫌も何もないだろ。その分じゃ、全部咥える前にイっちまいそうだなあ? もしそうなったら、追加で二枚返してやるよ」 「ふ、ぁ……や、……嫌……っ」 入り口は未だに痛むのに全身が疼く。強すぎる刺激に困惑する一方で刺激が足りず、泣き出しそうになる。己の体の変化に戸惑い、カインは手を止めたまま何度も首を振る。ただそれだけの振動でさえ、快楽を欲する体は貪欲に求めている。 騎士の言葉に抗いたいのに、触れてすらいない自身は既に熱を帯びはじめている。身じろぐ度に法衣の裏地が胸の突起をくすぐる微かな感触にすら自身は反応を示す。 「この薬作った奴は相当の変態って噂でさ、自分の作った媚薬には必ず同じ、常習性のある成分を入れておくんだと。で、あれこれ色々試し続けた奴は気づいたら中毒になってるわけだ。あんたが前に飲まされた錠剤も同じ奴のだよ。……ああ、そういえばその瓶のって三回分だっけ……」 「さ、ん……?」 「少量で強い効果ってのがウリのシリーズの最新作、試作版」 受け売りだけどと笑いながら騎士は頬杖をついてカインを見つめる。珍しい玩具でも見るような視線にカインは身を震わせる。あの夜の陵辱者のよりも威圧感がないのは、視線の中に敵意が混じらない所為だろうか。それともただ、今は快楽に呑まれそうになっているからか。 騎士の言葉は聞こえているのに、それが何を意味するのかもはやわからない。体の奥が熱くて堪らない。震える手でぎこちなく瓶を握り、きちんと解れていない入り口へ残りの部分をゆっくりと押し入れていく。 「ひ、ぅ……あ。ぁ……」 薬の殆ど触れていない入り口やその近くばかりが、太くなっていく瓶に傷ついていく。熱に疼く奥を擦るのは瓶の細い箇所だけ。瓶の底までが体内に収まりそうになるほど突き入れても、入り口がひどい痛みを訴えるばかりで、体の奥はもどかしさばかりが残る。 痛みに煽られて疼きは余計、ひどくなっていく。触れられることのない自身は完全に立ち上がり、先端からは透明の露を滲ませていた。 強すぎる快感に怯えて瓶を引き抜こうと、指で底を掴む。少し引くだけで入り口が痙攣するかのように締め付け、引き止める。伝わる痛みさえも、もはや心地良い。 我を忘れそうになって、懸命に唇を噛む。媚薬と快楽に侵された体はカインの意思とは無関係に、更なる刺激を求める。 許してください、と心の内で泣きながら祈る。誰に祈れば良いのかわからない。こんなに穢れた体と心で、どうして神に祈れるものかと、嘲笑う声が聞こえる。 「い、……。は、ぁ……っん、く……っぅ……」 汚い奴だと罵る声が聞こえる。己を責める声が幾重にも重なっていく。曖昧になっていく意識の中、カインの体だけが快楽を貪る。背を反らし、びくびくと何度も震える。射精感ばかりが腰にわだかまっていく。 もどかしさに耐え切れず地面に座り込み、己の昂ぶりへ両手を伸ばす。触れる寸前に騎士の平手がカインの頬を叩く。 「っ……」 「誰がそこに触って良いと言った?」 「や、……も、う……。許し、て……っ」 「イきたきゃ勝手にイけよ。出しちゃいけないとは言ってないだろ」 「む、り……」 達したときと同じくらいの快楽ばかりが身を侵すのに、実際に達することは出来ず、もどかしさにカインは涙を零す。 騎士が笑いながら首を傾げる。 「挿れて欲しいか?」 囁かれる言葉にずくんと体が疼いた。奥が寂しくて堪らない。瓶では足りない。快楽など欲しくない。体に何か入れることにも、男に抱かれることにも、嫌悪感しかない。 だというのに、騎士の言葉に自然と頷く己がいた。 騎士が目を細めてカインの耳元で囁く。ねだる言葉を強要する囁きを聞く内にカインの顔色が青ざめていく。 「そんな、こと……、っ言え、ません……」 「簡単だろ?」 「っあ、――……私、の主、は……っん、ぅ……、私の神、と……良心っだけ……」 「瓶 咥え込んでイきそうになっている癖に気取るなよ」 震える声で抵抗を示すカインに騎士は嘲笑を零す。他の誰かを、たとえ偽りでも主と呼ぶことは耐えられないと涙ながらに首を振る。そんなカインに業を煮やした騎士が溜息をつく。 「なら『ご主人様』はいらない。それ以外なら言えるんだろ?」 「言いたく、ありません……」 「我侭言える立場かよ。俺はこのまま帰ったって良いんだからな」 「っ……」 騎士の言葉を聞く内にまたやわらかな肉壁が瓶を物足りなげに締め付ける。体を丸めるようにうつ伏せて快感の波をやり過ごそうとしては、引き結んだはずの唇から濡れた声が零れてしまう。 頭がぐらぐらする。程近い大通りからのざわめきも耳に入らない。 「どうした? イきそうなのか?」 「ち、が……っあ、んぅ……、――……!」 ろくに否定の言葉を口にすることすら出来ない。 不意に体が硬直し、顎先が上向く。止めようとする間もなく、張り詰めたカイン自身から精が放たれた。びちゃ、と濡れた音が石畳に落ちる。 「っう……、く……」 「後ろだけでイけるなんて、やっぱり淫乱だな」 嘲る騎士の声に堪えていた涙が頬を伝う。薬の所為だと弁解しようにも、唇から零れるのは乱れた吐息ばかりだ。精を解放した後の気だるさにひたることも出来ず、体は変わらず熱に疼いたままでいる。 何を意地を張る必要があるのかと嘲笑が耳の奥で木霊する。淫乱、と罵る声は身の内にある。それでも体は更なる刺激を欲している。小瓶程度では足りないと、入り口が切なそうに訴えている。 お慈悲を、と願うように震える指先を騎士へ伸ばす。指先が騎士のズボンの裾へ届くより前に、重厚なブーツの靴底がカインの手の甲を踏みつける。 「触るな。欲しけりゃその口でねだってみろ、淫乱」 騎士の冷たい視線がカインを刺す。身を震わせるのが屈辱なのか快感なのか、惑う。足を退けられ赤くなった手の甲に、上から落ちてきた写真が触れる。変わらずそこに写るのはあの夜のカインの痴態。 一枚、二枚と降らされるそれを慌てて拾い集める。何を思うよりも前にカインの指は写真を細かく破っていく。踏まれた甲が痛んだが、それすらも気にならない。何が写っていたのかもわからなくなるほど細かく破られた紙片が、急の突風にさらわれ、散らばっていく。 紙吹雪の合間に見えたのはおかしそうに嗤う、騎士の顔。 瞳だけが氷のナイフのように鋭くカインを射る。 「どう、か……淫乱、な私を……犯し、て……くださ、い」 掠れる声で呟くのは、先ほど強要されたねだりの言葉。冷たい視線に絡めとられた瞬間に己の中で何かが壊れた、気がした。 震える声に返るのは騎士の低い笑い声だった。 騎士の手がカインの髪を掴み、膝立ちにさせる。きつく締め付けていた入り口が不意に緩み、自重で瓶がゆっくりと抜け落ちようとする。ひくんとまた入り口が締まってはその度に、達したばかりの自身へ熱が集まる。 「ふ、っあ、ぁ……」 「あんたが頼んだんだから、自分で瓶抜いて、自分で挿れろよ?」 笑み混じりの言葉に項垂れ、唇を噛んで懸命に嗚咽を堪えようとする。俯いたままそろそろと手を後ろへ伸ばし、顔を覗かせている瓶底を掴み、ゆっくりと引き抜いていく。時折体がびくついては手が止まり、その度に唇から熱い吐息が零れる。 「……んん、――……っ、く、ぅ……」 鳴き声めいた小さな声を漏らしながらようやく瓶を引き抜き終わる。体の内を埋めていた瓶がなくなると途端に疼きが酷くなる。感じたくなどないのに。心の中でどれだけ叫んでも体は意思を裏切って熱くなる。 ごと、と音を立てて瓶が石畳に落ちる。それと同時に騎士がカインの髪を手放す。そのまま地面へ倒れそうになる。騎士が膝をカインの顎の下へ差し入れ、留める。 立てと無言で急かされてカインはふらつく足で立ち上がる。倒れかけて騎士の肩に掴まる。また打たれるだろうかと怯えに身を硬直させた。騎士は意に介した風もなく、己の前をくつろげ、赤黒く昂ぶる自身を取り出していた。 「う、……っん、――……痛……、ぁ……」 騎士の膝に跨り、ゆっくりと腰を下ろしていく。瓶など比べようもないほど太いモノが侵入するおぞましさと、ひどい疼きを訴える内壁を擦られる心地良さとが入り混じり、涙が零れる。 一番太い箇所が入り口をくぐる。ぷつ、と何かの切れる音を聞いた。そのまま意識が遠のきそうになると、胸の突起に爪を立てられ、痛みに覚醒させられる。 「も、う……無理、です。ぁ……――く……入ら、な……」 「嘘つきはカミサマに嫌われちゃいマスヨー」 騎士のおどけた言葉に、かっと頬が熱くなる。涙の浮かんだ瞳で睨みつけても騎士は涼しげな顔をして笑んでいる。 無理だとくりかえすカインの腰を騎士が鷲掴む。伝わる体温を厭って身じろぐカインを気にも留めず、騎士は手に力を込め、そのままカインの腰を落とさせる。 制止の言葉を口にする間もなく、騎士の太いモノが内壁を擦り上げていく。無理に押し進められて傷ついた壁が血を零し、痛みにカインの意識が遠のく。 カインの様子に頓着せず騎士はカインの腰を落とさせる。圧迫感と痛みと、届かなかった奥までが擦られる快感とに、また意識が明確になる。いっそずっと気絶していたいと、また涙が零れ落ちる。 ぎちゅ、と音がしてようやく根元まで収まった。騎士がカインの耳元へ唇を寄せ、自慢そうに囁く。 「ほら、根元まで入った」 「ぅ……。い、や……」 「そうか? こっちは気持ち良さそうにしてるけどな」 限界まで押し広げられたカインの入り口を、騎士の指先がわざとらしく撫で示す。それに反応してひくりと浅ましく入り口が震える。 「お……。見てみろよ」 「……? え……、あ。っく……ああ――……っ!」 騎士が不意に顔を上げ、面白いものを見つけたように笑みを浮かべる。カインの腰へ触れ、奥まで挿入したまま無理にカインの体を向き合った体勢から反転させる。ぐゅ、ぢゅ、と粘つく水音を立てながら内壁と騎士のモノが擦れる。 自らの体を支えることすら出来ず、騎士に背を預け、カインは目を閉じる。これ以上入らないというところまで騎士を受け入れ、下半身だけが気が狂いそうなほどの快楽を貪っている。 「ほら、大通り、見えんだろ? あっちの方の、あそこで露店だしてるBS。さっきからずっと、こっち見てる」 騎士の声に目を閉じて首を振る。見ろ、と強制するように一度、腰を大きく突き上げられる。そろそろと瞼を開けてみれば、大通りの向こうで一人だけ、路地裏のこちらを見つめている男がいた。 タバコをふかしながら眠たそうに目を細めていたBSは、カインが己を見ているのに気づいてか、にたりといやらしい笑みを浮かべてみせた。それからまた、何気ない様子で視線を路地裏へ送る。 「せっかくだから、イくところも見せてやれよ」 「嫌、……です。嫌。もう、……」 「ほら」 ぐいと自身を扱かれると、不思議なほどに露が滲み出す。すぐに硬く立ち上がった自身に、騎士も苦笑を漏らす。騎士の親指の腹に先端を荒っぽく擦られるだけで達しそうになり、唇を噛んで堪える。 不意に胸の突起を爪の先で転がされ、カインは喉の奥で掠れた悲鳴を上げる。びくんと震えながら俯く。顔を伏せ目を閉じていても、露天商と騎士との視線を感じる。 ぎ、と胸の突起を爪で強く弄られ、自身の先端を執拗に擦られる。次第に己が声をあげているのかどうかさえ、わからなくなってきた。 一際強く責められて達する瞬間、カインは意識を手放した。 * * * 日が傾きだす頃になって、ようやくカインは解放された。 大通りで露店を出していたBSも姿を消し、通りを歩く人影もまばらになった。生乾きの精にまみれた体を路上に横たえ、薄っすらと赤く染まった空を眺めていた。 汗ばんだ額に銀の髪が張り付く。煩わしいのにそれを払う気力もない。身に着けているものは首輪に、肩まで肌蹴た法衣の上着、靴くらいのものだった。 「それじゃ、これ。約束の写真」 裸の胸の上に残りの写真が置かれる。それだけの刺激にもまだ、体は反応してしまう。停止した思考の中でも指先が勝手に動き、写真を握り締める。破り捨てるだけの力はもう残らずに、ただ弱々しい力でぐしゃぐしゃにするしか出来ない。 「じゃ、俺はこれで。カインちゃんも早く帰らないと襲われちゃうよー」 身支度を終えた騎士が笑いながら言い、ゆっくりと歩き出す。数歩行ったところで足を止め、振り向いてカインへ優しそうに微笑みかける。 「ああ、そうそう。結構良い写真撮れたと思うから、こっち売っておいてあげよう。明るいから、前のよりよく撮れてると思うよ」 楽しそうに弾む声が降ってくる。 じゃあねと手を振りつつ騎士が大通りへと姿を消す。 人気のなくなった路地裏で、カインのすすり泣く微かな声だけが響いた。 end
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