3.熱帯夜

 プロンテラの住宅街。
 冒険者たちに格安で貸家を提供してくれているありがたい通りに、アルカージィとヴァレリオも小さな一軒家を借りていた。小さいとはいえ二階建てで、台所や風呂もしっかりしているし、一人ずつ個室を確保することも出来る立派なものだった。
 一階の小さな食堂の、小さな木のテーブルにアルカージィはべったり張り付いていた。身に着けているのはウィザードの衣装。それを呆れたように眺めるヴァレリオもプリーストの衣装を身に着けている。

「暑い……溶ける……もう駄目だ……」
「アル。テーブルに伸びていられたら、料理が置けない」
「んー……食欲ない……」
「水を被ってきたら少しはすっきりするかもしれないぞ」
「風呂まで行くのが面倒だよー」

 甘えたように声をあげるアルカージィに、ヴァレリオは溜息をついて首を振る。アルカージィが異様なほど夏に弱いのはわかりきったこと。毎年のことだから慣れたとはいえ、なだめすかして日常的なことをさせるだけで、この時期は重労働なのだった。

「ほら、アル。顔を上げてごらん」

 良いものをあげるから、とヴァレリオの穏やかな声が誘う。少しの間の後でアルカージィが、いかにも一苦労といった様子でのたのたと上体を起こす。
 汗と疲労を滲ませた顔に長い前髪が乱れて張り付いている。苦笑しながらそっと、手袋を外した指先で整えてやる。心地良さそうに目を細めるアルカージィの口元へ、もう片方の手で氷の欠片を差し出す。
 ひやりと冷たい欠片が唇に触れるとアルカージィが不意にしゃっきり背を伸ばす。ヴァレリオに手ずから与えられる氷に笑みを浮かべながら口に含む。そのまま舌を伸ばして、水滴に濡れた指を舐める。ヴァレリオの小さく息を呑む音が響いた。

「こら。やめ……っ、……ふ……」

 指の股を舌先がくすぐり、ヴァレリオの制止の声を途切れさせる。片手で口元を覆うヴァレリオを上目に見やり、してやったりと笑みを浮かべるアルカージィだ。
 椅子から立ち上がりヴァレリオを正面から抱き寄せ口付ける。抗いの言葉を封じるようにヴァレリオの口内へ舌を差し入れていく。躊躇うように何度も押し返してくるヴァレリオの舌に己のそれを絡ませる。溶けたばかりの冷たい水を少しずつ与えていくと、ヴァレリオの背が僅かに反る。

「ん、……っは……」

 数え切れないほど口付けを交わしても未だに息継ぎを上手くできない不器用さに、アルカージィが笑みを濃くする。小さくなってきた氷の欠片をヴァレリオへと押しやる。互いの舌の間で少しずつ氷が溶けていくのが心地良い。

「――――……っぁ……」

 気管に水滴が入りかけたのかヴァレリオが苦しそうに声をあげる。アルカージィの胸を押して唇を離し、俯いて小さく咳き込むヴァレリオだ。その背を愛しげに撫でさするアルカージィだったが、ヴァレリオのひと睨みに慌てて手を離す。

「ヴァル……怒った……?」

 先の強引さが嘘のように、しゅんと項垂れたアルカージィ。ヴァレリオが仕方ないなあ、と言うように溜息をついて微笑みかける。捨てられた仔犬のような目で見られたら叱るに叱れない。
 あまりのしょぼくれ具合に、アルカージィの髪を軽く撫でてやる。

「怒ったりしないから、そんなに落ち込まないでくれ」
「本当に?」
「氷ならまだあるから、夕食の支度が出来るまで舐めていると良い」

 少しは食欲も戻るはずと、台所からわざわざ氷をいくつも入れたコップを持ってきてテーブルへ置く。再び台所へ戻ろうとしたヴァレリオを、アルカージィは後ろから抱きしめる。勢い余って転びかけるヴァレリオの体をきつく抱き寄せて、アルカージィは耳元で囁く。

「ご飯よりヴァルが食べたいな」
「なっ……ば、馬鹿なことを言ってないで離せ!」
「やだよー」
「子どもみたいなことを言うんじゃない。アル……」
「……嫌?」
「っ、ふ……」

 アルカージィがわざと耳元へ息がかかるように囁くと、ヴァレリオがびくりと身を震わせる。調子に乗って首筋へ口付ける。僅かに潤み始めた茶の瞳が肩越しにアルカージィを睨みつける。
 迷うように震える視線を床へ落とし、ヴァレリオは溜息をつく。

「アルはずるい」
「どうしてさ。僕は何も、ずるいことなんてしてないよ」

 首筋を強く吸って赤い跡を残す。まだ氷に冷たい唇で耳たぶを食むと、ヴァレリオがまた小さく声をあげる。ゆるゆると手のひらでヴァレリオの胸元から下腹部までを撫でていく。
 ヴァレリオが首を振るのを封じるようにまた、耳たぶから首筋へ舌先が辿る。

「そんな風に聞かれたら断れないじゃないか……、ん、……っ」

 それをわかっていて聞くのだからずるい。そうなじる唇へ指を含ませる。唾液をたっぷりと絡めとるように、舌の表面をくすぐる。そうしながらもアルカージィのもう片方の手はヴァレリオの下衣をさりげなく脱がしていく。
 ぴちゃ、と音が立つのを恥じ入ってヴァレリオの頬が赤く染まる。露になった下半身を隠そうと身じろぐのを腕の拘束をきつくして阻む。ゆっくりと指を引き抜く。指先と唇の間に透明の糸がひかれ、やがて途絶える。肩越しにヴァレリオが振り向いた。濡れた唇に煽られてアルカージィの股間が僅かに熱をもつ。密着させた臀部からそれが伝わるのかヴァレリオは耳まで赤くして前を向く。

「断られたくないもん。……ヴァルに断られたら悲しいよ」
「わかった、からっ……耳元で言うのは止さないか……!」
「だーめ」

 可愛いから、と耳へ吹き込むように囁くとヴァレリオの肩が僅かに跳ねる。唾液に濡れた指を臀部の合間へ這わせると耳の先まで赤くなるのが、後ろからでもわかる。
 入り口を傷つけないように指を侵入させていく。ヴァレリオが片手で口元を押さえたままなのを見て取ると、丁寧に解した入り口へもう一本指を入れる。くぐもった小さな声が上がった。
 口を押さえていた手をやわらかく握り、そのままテーブルにつかせる。引きずられるようにしてもう片方の手もテーブルへ。ヴァレリオの心地良い重みをテーブルへ預けさせてしまうのは残念だったが、アルカージィはそっと身を離す。
 細い指を二本呑み込んだヴァレリオのそこが小さくひくついているのが見える。アルカージィが指を動かすとくちゅ、と水音が立つ。音からも刺激されてヴァレリオの吐息に混じる声は次第に大きくなっていく。
 更に指を増やすとヴァレリオの腰が軽く揺らぐ。きつい入り口を傷つけないように慎重に指を動かす。ヴァレリオの体が僅かに震える。

「ヴァル……入れて良い?」
「っ……聞くな。――馬鹿……」

 潤んだ声でヴァレリオが叱るように言う。心地良く響くその声にアルカージィもひとつ熱い吐息をついた。指を締め付けられるだけでこんなにも腰に熱の溜まるのが不思議だ。
 アルカージィが自身の前をくつろげるとヴァレリオが小さく身じろぐ。笑みを浮かべながらヴァレリオを抱き寄せる。正面から腕を回すと熱に潤む茶の瞳が近い。

「アル、……ソファか、寝室まで……」
「そこに行くまで、もう我慢出来ないよ」

 からかうように言いながらアルカージィが椅子に腰を下ろす。ヴァレリオの両の肩から肘まで手を滑らせ、やわらかく掴んで引き寄せる。

「来て……」

 懇願するようにアルカージィが囁く。お願い、と付け加えるとヴァレリオも渋々ながらに頷いてしまう。アルカージィの太ももの上へゆっくり身を進めながら、やっぱりずるい、とぼやくヴァレリオだった。
 法衣の上着と靴だけを身に着けただけのヴァレリオの姿は扇情的で、アルカージィはまた下半身が疼くのを感じていた。己の肩に手を触れてバランスをとるヴァレリオの背を抱き寄せる。来て、ともう一度くりかえすとヴァレリオがおずおずと入り口をアルカージィ自身へ触れさせる。
 先走りの滲んだ先端と、解された入り口とを馴染ませるようにヴァレリオが緩く腰を揺らす。頃合を見計らってアルカージィがヴァレリオの腰を掴み、そのまま下ろさせる。

「ん、……っ……は、……」

 先端がゆっくりと体内へ呑み込まれていく。びくんと身を震わせながらヴァレリオが喉を晒す。その喉仏へ口付けながらアルカージィは腰から手を離す。
 入り口の強い締め付けにアルカージィも目を伏せ、僅かに声を漏らす。それを耳にしたヴァレリオが先ほどのお返しとばかりに、アルカージィの耳たぶを軽く食んだ。くすぐったいとアルカージィが身じろげばヴァレリオは熱っぽい吐息を零して快楽の涙を落とす。互いに口付けを落としあっては、時折唇同士を触れさせる。
 何度もアルカージィ自身を締め付けている内にヴァレリオも体の疼きを堪えきれなくなる。そろそろと息を吐き出しながら、自分で腰を落としていく。

「あ、――ふ、ぁ……っ」
「ん……、ヴァル、気持ち良い……」

 長い時間をかけて根元までを銜え込むとアルカージィが再び耳元で囁く。赤くなるヴァレリオの頬へなだめるような口付けがひとつ落とされる。
 法衣の襟を開き、そのままゆっくりと前をはだけさせる。そのまま脱がせようとする手を、ヴァレリオが嫌がるように首を振って止めさせる。中途半端に脱がせる方が余計にいやらしいのに、とアルカージィは思うのだが、あえて教えてはやらないでいる。
 筋肉隆々といった風でもないのに、どこか頼りがいを感じさせる広い胸へ手を這わせてアルカージィはうっとりと目を細める。胸の飾りを指で摘みあげると、押し殺した声が零れる。

「アル、……あつ、い……」

 乱れた呼気の合間に、強すぎる快楽をなじる言葉。涙の混じる声が愛しくてアルカージィはまた唇へキスをする。
 テーブルへ手を伸ばすと、小さな悲鳴めいた声と共にヴァレリオの入り口が収縮する。それに煽られるようにしてヴァレリオの体内に収まったままのアルカージィ自身がどく、と脈打った。
 アルカージィが手にしたのは、先ほどヴァレリオが持ってきたコップに入っていた氷の欠片だった。それをヴァレリオの首筋へ触れさせると面白いように背が反れる。

「っあ、ふ……ぅ、ぁ……」
「冷たくて気持ち良いでしょう?」

 首筋から肩、胸へとゆっくりと氷を滑らせていく。氷の欠片をヴァレリオの胸の突起へ触れさせると、びくっとヴァレリオの体が跳ねる。面白がったアルカージィが少しずつ溶けて丸くなった氷の角で、敏感な突起を押しつぶすように刺激する。

「アル……! やだ、止せ……」
「嫌?」
「……ぅ…………」

 しおらしく上目に問いかけるとヴァレリオは言葉に詰まった様子で口を噤む。快楽を素直に求めることの出来ないヴァレリオだから、少しでも余計に気持ち良くなって欲しいとは、アルカージィの弁。
 自分だけ気持ち良くなるのは嫌だよ、と何度もヴァレリオに囁く。その度に入り口の収縮から強張りが消え、互いにとって心地良いものへ変わっていく。

「ヴァル……気持ち良い?」
「……っ言わせるな……」
「だって……」

 自分だけ気持ち良くなってはいないか不安なのだと項垂れるアルカージィだ。ヴァレリオにしてみれば羞恥プレイにも似たものがあるのだが、アルカージィは一向に気づかない。ただひたすらにヴァレリオを思ってのことだとわかっているから、ヴァレリオも強く言えないのだった。
 言葉を返す代わりにヴァレリオはアルカージィへ体を密着させ、昂ぶった自身を示すように軽く腰を揺らす。内壁をアルカージィ自身が擦って、ヴァレリオは涙交じりの吐息をつく。
 氷が溶けきるとアルカージィがまた新しい氷の欠片を手にとり、ヴァレリオの胸の飾りを弄る。全身が熱くて堪らないのに氷が触れた突起だけが冷たく痺れ、痛いほど硬く尖っている。

「ああ――……、……っく、……ぁ、う……」
「ヴァルはここが好きだよね……。こっちと、どっちが好き?」
「…………は、ぁ……」

 氷が突起を離れ、腹部を軽く撫でながらヴァレリオ自身へ触れる。露を滲ませた先端へ氷の欠片が触れるとヴァレリオは背を弓形に反らして切れ切れの嬌声を漏らす。
 身じろぐと、冷たさにじんじんと痺れる突起がアルカージィの服に擦れて余計に疼きが強くなる。もっと、と体が刺激を追い求めるかのように落ち着かない。頬を伝う快楽の涙をアルカージィの舌先が優しく拭う。

「アル、……アル……っ!」
「良いよ。そのまま一度出して」

 どこかへ流されていってしまいそうなほどの快感に怯えてしがみついてくるヴァレリオを抱きしめ、耳元で囁く。溶けかけの小さくなった氷の欠片を床へ落とし、長い手指で昂ぶるヴァレリオ自身に触れる。射精を促すアルカージィの手の動きに堪えきれずヴァレリオは敢え無く、その手の内に精を放った。

 * * *

 数時間後。
 何度も交わり合い、風呂で後始末も終えた後のこと。

「ヴァル。僕はひとつ発見したよ」

 自分の部屋のベッドでヴァレリオを抱きしめながら嬉しそうに報告するアルカージィの姿があった。
 アルカージィの部屋は妙な標本だとか妙な器具だとか、妙な雰囲気の本だとかが雑多に置いてあって、散らかっている以前に胡散臭い印象の部屋だ。そのために普段二人で一緒に寝るときは(主にヴァレリオの主張で)ヴァレリオの部屋を使っている。が、今日はその主張をする元気もなくて大人しくアルカージィの部屋で寝ることにしたヴァレリオだった。

「こんなに暑くてたまらないのに、ヴァルとくっついてると、暑いのもすごく気持ち良い」
「…………そういうことを真顔で言わないでくれ」
「本当のことだもん。照れないでよ」

 赤くなった耳元へ口付けながらアルカージィが笑う。

「だから、またしたいな」

 調子に乗って言ったその言葉の所為で、翌日の昼食を終えるまでヴァレリオに口をきいてもらえなくなったアルカージィだった。



end








2006/01/28
  氷プレイ万歳。